2018年5月7日月曜日

帰納法:感覚や実験により事物の本性に迫り、低次の命題から高次の命題へ、飛躍することなく段階的に探求してゆく。真実で実質的な生きた公理は、中間的公理であり、空想的な一般的公理ではない。(フランシス・ベーコン(1561-1626))

帰納法と中間的公理

【帰納法:感覚や実験により事物の本性に迫り、低次の命題から高次の命題へ、飛躍することなく段階的に探求してゆく。真実で実質的な生きた公理は、中間的公理であり、空想的な一般的公理ではない。(フランシス・ベーコン(1561-1626))】
 感覚や実験により事物の本性に迫り、低次の命題から高次の命題へ、飛躍することなく段階的に探求してゆく。どの段階においても、命題は概念的なものではなく、よく限定されている。感覚および個々的なものから、直ちに最も一般的なものに向かって飛んで行ってはならない。人間的な事がらや、運命にかかわるような真実で実質的な生きた公理は、中間的公理であり、空想的な一般的公理ではない。
 「それゆえに我々は通俗的および推量的な技術に対する裁判権は、(この部分に我々は全く係わらないのだから)推論式やこの種のよく知られかつ持てはやされた論証形式に任せるけれども、しかし事物の本性に対してはどこでも、低次の命題にも高次の命題にも帰納法を用いる。というのも「帰納法」とは次のような論証形式と考える、すなわち感覚を保ち(物の)本性に迫り、そして実地を目指しかつほとんどそれに携わるものだからである。
 したがって論証の順序もまた全く逆になる。というのは、今までは事は次のように運ばれるのを常とした、すなわち感覚および個々的なものから、直ちに最も一般的なものに向かって飛んでゆく、いわばそれを廻って論争が転回する不動の柱に向かってのごとく。それから他のものが中間者を通って派生せしめられる。たしかに近道ではあるが、急坂で自然には達しない道であり、ただ論争に対しては下り坂で適当した道である。ところが我々のほうに従えば、命題は飛躍することなく次々に引き出され、したがってやっと後になって最も一般的なものに達する。しかしこの最も一般的なものも、概念的なものになってしまうのではなく、よく限定されたものであって、自然が事象的に自分により明らかなものとして認め、かつ事物の核心に存するようなものなのである。」
(フランシス・ベーコン(1561-1626)『ノヴム・オルガヌム』著作配分、p.39、[桂寿一・1978])
 「最も低い命題はむき出しの経験とあまり距ってはいないが、かの最高の最も一般的な(我々の持っている)公理なるものは、概念的であり抽象的であって、実質的なものをもたない。しかるに、人間的な事がらや運命が懸けられているかの真実で実質的な生きた公理は、中間的公理であり、さらにこられの上に最後に、かの最も一般的なもの、すなわち抽象的ではなく、これら中間的なものによって、正しく限定されているような公理があるのである。」
(フランシス・ベーコン(1561-1626)『ノヴム・オルガヌム』アフォリズム 第一巻、一〇四、pp.162-163、[桂寿一・1978])
(索引:帰納法、公理、中間的公理)

ノヴム・オルガヌム―新機関 (岩波文庫 青 617-2)



(出典:wikipedia
フランシス・ベーコン(1561-1626)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「不死こそ、子をうみ、家名をあげる目的であり、それこそ、建築物と記念の施設と記念碑をたてる目的であり、それこそ、遺名と名声と令名を求める目的であり、つまり、その他すべての人間の欲望を強めるものであるからである。そうであるなら、知力と学問の記念碑のほうが、権力あるいは技術の記念碑よりもずっと永続的であることはあきらかである。というのは、ホメロスの詩句は、シラブル一つ、あるいは文字一つも失われることなく、二千五百年、あるいはそれ以上も存続したではないか。そのあいだに、無数の宮殿と神殿と城塞と都市がたちくされ、とりこわされたのに。」(中略)「ところが、人びとの知力と知識の似姿は、書物のなかにいつまでもあり、時の損傷を免れ、たえず更新されることができるのである。これを似姿と呼ぶのも適当ではない。というのは、それはつねに子をうみ、他人の精神のなかに種子をまき、のちのちの時代に、はてしなく行動をひきおこし意見をうむからである。それゆえ、富と物資をかなたからこなたへ運び、きわめて遠く隔たった地域をも、その産物をわかちあうことによって結びつける、船の発明がりっぱなものであると考えられたのなら、それにもまして、学問はどれほどほめたたえられねばならぬことだろう。学問は、さながら船のように、時という広大な海を渡って、遠く隔たった時代に、つぎつぎと、知恵と知識と発明のわけまえをとらせるのである。
(フランシス・ベーコン(1561-1626)『学問の進歩』第一巻、八・六、pp.109-110、[服部英次郎、多田英次・1974])(索引:学問の船)


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