2018年1月14日日曜日

精神の受動のひとつ、身体によって起こる知覚として、意志によらない想像がある。夢の中の幻覚や、目覚めているときの夢想も、これである。これらは、飢え、渇き、痛みとは異なり、精神に関連づけられており、これらが情念である。(ルネ・デカルト(1596-1650))

広義の情念

【精神の受動のひとつ、身体によって起こる知覚として、意志によらない想像がある。夢の中の幻覚や、目覚めているときの夢想も、これである。これらは、飢え、渇き、痛みとは異なり、精神に関連づけられており、これらが情念である。(ルネ・デカルト(1596-1650))】
 「身体によって起こる知覚は、大部分が神経に依存しているが、神経に依存しないものもいくらかあり、今述べたものと同じく想像とよばれる。しかし、その形成に意志が働いていないことで異なる。そのためこれらの知覚は、精神の能動のうちには数えられない。精気が、多様に動かされて脳内に先在するさまざまな刻印[印象]の痕跡にぶつかって、偶然的にある特定の孔を通ることによる。夢の中の幻覚や、目覚めていても思考がみずから何かに向かうことなく無頓着にさまようようなときによく起こる夢想も、これである。さて、これらの想像のうちのいくつかは、情念[受動]という語を最も本来的な固有の意味にとっても、精神の情念[受動]だし、この語をもっと一般的な意味にとってもすべて情念[受動]とよばれうる。」
(ルネ・デカルト(1596-1650)『情念論』第一部 二一、pp.22-23、[谷川多佳子・2008])
(索引:意志によらない想像、幻覚、夢想、情念)

情念論 (岩波文庫)




ルネ・デカルト(1596-1650)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)
(出典:wikipedia
 「その第一の部門は形而上学で、認識の諸原理を含み、これには神の主なる属性、我々の心の非物質性、および我々のうちにある一切の明白にして単純な概念の解明が属します。第二の部門は自然学で、そこでは物質的事物の真の諸原理を見出したのち、全般的には全宇宙がいかに構成されているかを、次いで個々にわたっては、この地球および最もふつうにその廻りに見出されるあらゆる物体、空気・水・火・磁体その他の鉱物の本性が、いかなるものであるかを調べます。これに続いて同じく個々について、植物・動物の本性、とくに人間の本性を調べることも必要で、これによって人間にとって有用な他の学問を、後になって見出すことが可能になります。かようにして、哲学全体は一つの樹木のごときもので、その根は形而上学、幹は自然学、そしてこの幹から出ている枝は、他のあらゆる諸学なのですが、後者は結局三つの主要な学に帰着します。即ち医学、機械学および道徳、ただし私が言うのは、他の諸学の完全な認識を前提とする窮極の知恵であるところの、最高かつ最完全な道徳のことです。ところで我々が果実を収穫するのは、木の根からでも幹からでもなく、枝の先からであるように、哲学の主なる効用も、我々が最後に至って始めて学び得るような部分の効用に依存します。」
(ルネ・デカルト(1596-1650)『哲学原理』仏訳者への著者の書簡、pp.23-24、[桂寿一・1964])

ルネ・デカルト(1596-1650)
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