2018年4月21日土曜日

徳とは、精神をある思考にしむける、精神のうちの習性である。この習性は、思考や教育から生み出される。(ルネ・デカルト(1596-1650))

徳とは何か

【徳とは、精神をある思考にしむける、精神のうちの習性である。この習性は、思考や教育から生み出される。(ルネ・デカルト(1596-1650))】
 一般に徳とよばれるものは、精神をある思考にしむける、精神のうちの習性である。習性は思考を生みだし、逆に思考が習性を生みだす。さらに、良い教育が生まれながらの欠陥を正すのに、大いに役立つことも確かである。
 「一般に徳とよばれるものは、精神をある思考にしむける、精神のうちの習性である。したがって、これらの習性は、思考とは異なるのだが、そうした思考を生みだしうるし、また逆に、そうした思考によって生みだされうる。」(中略)「しかしながら、次のこともまた、確かである。良い教育は、生まれながらの欠陥を正すのに大いに役立つこと。自由意志とは何か、自由意志を善く用いようとする確固たる決意を持つことから生じる利益がいかに大きいか、また他方、野心家たちを悩ませる心労がすべていかに空しく無益であるか、の考察にしばしば専心するならば、自己のうちに高邁の情念を起こし、ついで高邁の徳を獲得できること。そしてこの高邁の徳は、いわば他のあらゆる徳の鍵であり、情念の乱れすべてに対する全体的な治療法であるから、この考察は注目する値打ちが大いにある、と思われる。」
(ルネ・デカルト(1596-1650)『情念論』第三部 一六一、p.142、[谷川多佳子・2008])
(検索:徳、習性、高邁、教育)

情念論 (岩波文庫)



哲学の再構築 ルネ・デカルト(1596-1650)まとめ&更新情報 (1)存在論
(目次)
 1.なぜ、哲学をここから始める必要があるのか
 2.私は存在する
 3.私でないものが、存在する
 4.精神と身体
 5.私(精神)のなかに見出されるもの
哲学の再構築 ルネ・デカルト(1596-1650)まとめ&更新情報 (2)認識論
 6.認識論
 6.1 認識するわれわれ
 6.2 認識さるべき物自身

ルネ・デカルト(1596-1650)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)
(出典:wikipedia
 「その第一の部門は形而上学で、認識の諸原理を含み、これには神の主なる属性、我々の心の非物質性、および我々のうちにある一切の明白にして単純な概念の解明が属します。第二の部門は自然学で、そこでは物質的事物の真の諸原理を見出したのち、全般的には全宇宙がいかに構成されているかを、次いで個々にわたっては、この地球および最もふつうにその廻りに見出されるあらゆる物体、空気・水・火・磁体その他の鉱物の本性が、いかなるものであるかを調べます。これに続いて同じく個々について、植物・動物の本性、とくに人間の本性を調べることも必要で、これによって人間にとって有用な他の学問を、後になって見出すことが可能になります。かようにして、哲学全体は一つの樹木のごときもので、その根は形而上学、幹は自然学、そしてこの幹から出ている枝は、他のあらゆる諸学なのですが、後者は結局三つの主要な学に帰着します。即ち医学、機械学および道徳、ただし私が言うのは、他の諸学の完全な認識を前提とする窮極の知恵であるところの、最高かつ最完全な道徳のことです。ところで我々が果実を収穫するのは、木の根からでも幹からでもなく、枝の先からであるように、哲学の主なる効用も、我々が最後に至って始めて学び得るような部分の効用に依存します。」
(ルネ・デカルト(1596-1650)『哲学原理』仏訳者への著者の書簡、pp.23-24、[桂寿一・1964])

ルネ・デカルト(1596-1650)
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