心の理論
【他者を自分と同じ知的精神的存在としてとらえる能力(心の理論の能力)は、事実と論理による推論的な合理的知識なのではなく、人間の社会的なつながりの基礎にある別のメカニズムに依拠しているらしい。(ヴィラヤヌル・S・ラマチャンドラン(1951-))】「「心の理論」という言葉は、前章でも類人猿とのからみで出てきたが、ここではもっとくわしく説明したい。「心の理論」は、哲学から霊長類学、臨床心理学にいたるまで、認知科学の分野で広く用いられている専門用語で、他者を知的精神的存在としてとらえる能力――すなわち、自分自身がもっているのと同じようなたぐいの思考、情緒、観念、動機などをもっているという前提にもとづいて他の人たちのふるまいを理解する能力――を指す。言いかえれば、あなたは自分がほかの人になったらどんな感じがするかを実際に感じることはできないが、心の理論を使って、意図や知覚や信念を他者の心に自動的に投影する。そうすることによって、人の感情や意図を推測し、行動を予測して、それに影響をおよぼすことができる。これを「理論」と呼ぶのはいささか誤解を招きやすい。理論という言葉は通常、諸説や予測からなる知的体系を指し、この場合のように生得的、本能的な心的能力に対しては用いないからだ。しかし私が属する分野では「心の理論」が用語として使われているので、ここでもそのまま使うことにする。ほとんどの人は、心の理論をもつことが、どれほど込みいった、率直に言って奇跡的なことであるかをよく理解していない。それは「見ること」と同じように、ごく自然で、即時に起きる、簡単なことに思える。しかし第2章で見たように、見るという能力は、実際には、広範囲な脳領域のネットワークが関与する非常に複雑なプロセスである。私たち人間の高度に発達した心の理論は、人間の脳がもつもっともユニークで強力な能力の一つなのである。
私たちの心の理論の能力は、一般的知能――論理的に考えたり、推断をしたり、事実を組み合わせたりするときなどに使う合理的知能――に依拠しているのではなく、それと同等に重要な《社会的》知能のために進化した専門のメカニズムに依拠しているらしい。社会的認知のために特化した専門の回路があるのではないかという考えは、1970年代に、心理学者のニック・ハンフリーと霊長類学者のデイヴィッド・プレマックによって最初に提言され、現在では実験にもとづく支持が多数ある。したがって、自閉症の子どもが対人的相互交流に深刻な欠陥があるのは、心の理論に何らかの障害があるためではないかというフリスの直感には説得力があった。」
(ヴィラヤヌル・S・ラマチャンドラン(1951-),『物語を語る脳』,第5章 スティーヴンはどこに? 自閉症の謎,(日本語名『脳のなかの天使』),角川書店(2013),pp.199-200,山下篤子(訳))
(索引:)
![]() |

(出典:wikipedia)
(ヴィラヤヌル・S・ラマチャンドラン(1951-),『物語を語る脳』,はじめに――ただの類人猿ではない,(日本語名『脳のなかの天使』),角川書店(2013),pp.23-23,山下篤子(訳))
ヴィラヤヌル・S・ラマチャンドラン(1951-)
ヴィラヤヌル・S・ラマチャンドランの関連書籍(amazon)

検索(ラマチャンドラ)