2020年6月28日日曜日

マルコ・イアコボーニ(1960-)の命題集


マルコ・イアコボーニ(1960-)の命題集

《目次》
(1)模倣する人に注意を向け、好意を抱き、模倣する傾向
 (1.1)自分を模倣する人に注意を向ける傾向、模倣する傾向
 (1.2)模倣する人に好意を抱く傾向
 (1.3)セラピーにおける模倣の効果
 (1.4)言語の進化における模倣の役割
(2)視覚刺激により発生する運動感覚の表象(ミラーニューロン)
 (2.1)痛みの共感
 (2.2)ミラーニューロンの形成過程(仮説)
  (2.2.1)視覚情報に運動感覚が関連づけられる
  (2.2.2)視覚情報から運動感覚表象が発生する
  (2.2.3)運動感覚から視覚表象が発生する
 (2.3)鏡像認識能力(自己認識能力)と模倣傾向の関係
(3)他者の情動表出の視覚刺激により発生する内臓運動の表象
 (3.1)感情の共感
(4)問題:生得的な傾向性は、人間をどこに導くのか
 (4.1)感情や意図の共有
 (4.2)残虐行為が存在するという事実
(5)仮説:潜在的、反射的、意識以前のレベルの理解が、問題解決の鍵である
 (5.1)科学的な事実と、制度・政策との関係の問題、人間の生物学的組成、社会性と自由意志の問題
  (5.1.1)暴力的な映像による模倣暴力の事例
  (5.1.2)科学的な事実と、制度・政策との関係の問題
  (5.1.3)人間の生物学的組成、社会性と自由意志の問題
 (5.2)顕在的、計画的、意識的レベルと潜在的、反射的、意識以前のレベルの問題
  (5.2.1)顕在的、計画的、意識的レベル
  (5.2.2)潜在的、反射的、意識以前のレベル
 (5.3)局地的に作用する共感が、同時に他文化を理解する基盤でもある
  (5.3.1)共感の局地性
  (5.3.2)普遍的な共感性の可能性


(1)模倣する人に注意を向け、好意を抱く傾向、模倣する傾向
 (1.1)自分を模倣する人に注意を向ける傾向、模倣する傾向
   赤ん坊は、模倣ごっこが大好きだ。自分を模倣する人に注意を向ける。幼児も、模倣ごっこが大好きだ。あらゆるものが二つずつ用意してある遊び場を設定すると、自発的な模倣ごっこが始まり、果てしなく続く。(マルコ・イアコボーニ(1960-))

 (1.2)模倣する人に好意を抱く傾向
   カメレオン効果:(a)私たちは、自分の自然発生的な姿勢や動き、癖などを模倣する人に対して、好意を抱く傾向がある。(b)私たちは、他人の模倣をする傾向が強いほど、他人に対する共感傾向も強い。(マルコ・イアコボーニ(1960-))
  次の仮説を検証する実験が存在する。
   (a)被験者が他の人たちと作業しているとき、被験者は、被験者の自然発生的な姿勢や動きや癖を模倣する人に対して、より好意を抱く傾向が強い。また、作業の円滑さについても、高い評価をする傾向が強い。
   (b)被験者が、他人の模倣をする傾向が強いほど、他人の感情を気にかけ、共感を覚えやすい傾向が強い。

 (1.3)セラピーにおける模倣の効果
   模倣は、個人と個人を感情的に通じあわせるものであり、それはミラーニューロンが実現していると思われる。また模倣は、自閉症児に社会的問題を克服させる非常に有効な方法かもしれない。(マルコ・イアコボーニ(1960-))
  次の事実が存在する。
  (a)セラピーにおける模倣の効果
   セラピストが、自閉症患者とコミュニケーションがとれなくて困っているときに、患者の反復的で定型的な動きの真似をする。「するとほとんど即座に私を見るので、そこでようやく私たちのあいだに相互作用が生まれ、私は患者の治療が始められる」。
  (b)模倣による相互作用
   自閉症の少年を、彼をよく知っている少女が訪れる。そして、二人は部屋にあったおもちゃで、模倣ごっこで遊び始める。少年の「常同的な衒奇的運動」は、急速に消えていく。少女が部屋を出ていくと、少年はほとんど即座に引きこもり、例の手をばたばたさせる動きを再開する。少女が戻ってくると、その身ぶりは消滅する。

 (1.4)言語の進化における模倣の役割
   すべての会話は、共通の目標をもった協調活動であり、模倣と刷新の相乗効果で、新しい言語の進化の場でもある。聴覚障害児によって創出された自然発生的な「ニカラグア手話」は、その実例である。(マルコ・イアコボーニ(1960-))

(2)視覚刺激により発生する運動感覚の表象(ミラーニューロン)
 (2.1)痛みの共感
   他人が物理的な痛みを受けているところを見ると、その視覚情報が、痛みを与える対象(例えば針)から退避しようとする筋肉運動または潜在的な運動を引き起こし、これが他人の痛みを身体的に了解させる。(マルコ・イアコボーニ(1960-))
 (2.2)ミラーニューロンの形成過程(仮説)
   (仮説)ミラーニューロンは、幼児における自己と他者との相互作用によって形成される。また、ミラーニューロンは、自己意識の発生に、ある役割を果たしている。(マルコ・イアコボーニ(1960-))

  (2.2.1)視覚情報に運動感覚が関連づけられる
   親の模倣行動により、笑顔という視覚情報に、運動感覚が関連づけられる。
   (a)赤ん坊がにっこり笑う。(運動感覚)
   (b)それに応えて親も笑う。(笑う運動感覚に、自分の見た笑顔が関連づけられる。)
   (c)赤ん坊がまた笑う。
   (d)親もまた笑う。
  (2.2.2)視覚情報から運動感覚表象が発生する
   (a)赤ん坊が誰かの笑顔を見る。
   (b)笑うのに必要な運動計画と関連づけられた神経活動が、赤ん坊の脳内で作動して、笑顔をシミュレートするようになる。
   (c)赤ん坊も笑う。
   (d)成長した私たちは、この脳細胞を使って他人の心理状態を理解するようになる。
   (e)以上のようにして、笑顔を映し出すミラーニューロンが誕生する。
  (2.2.3)運動感覚から視覚表象が発生する
   (a)赤ん坊がにっこり笑う。(運動感覚)
   (b)笑う運動感覚によって、笑顔の表象が現れる。これは、かつて他人の中に見ていたものである。
   (c)以上のようにして、ミラーニューロンにより、自分が笑っているという意識が生まれる。(自己意識)

 (2.3)鏡像認識能力(自己認識能力)と模倣傾向の関係
   鏡像認識能力を持った子供のペアは、そうでない子供のペアよりも、自然発生的に多くの模倣行動が生じる。自己認識と模倣の能力とに、ミラーニューロンという共通の基礎があるのではないだろうか。(マルコ・イアコボーニ(1960-))

  二人一組の子供のあいだで自然発生的に生じる模倣についての、次のような調査結果が存在する。
  (a)鏡の前で自己を認識する能力を備えた子供のペア
  (b)まだ鏡像認識能力をもたない子供のペア
  (実験結果)(b)に比べ(a)は、はるかに多く互いを模倣した。

(3)他者の情動表出の視覚刺激により発生する内臓運動の表象
 (3.1)感情の共感
   共感のミラーニューロン仮説:他人が感情を表しているところを見ると、その視覚情報が、同じ身体感覚の表象を引き起こし、この表象が同じ表情、同じ感情を誘発する。(マルコ・イアコボーニ(1960-))
  (a)被験者は、他人が感情を表しているところを見る。
  (b)被験者が顔を見ている間、まるで自分自身がその表情をしているかのような、身体感覚の表象が現れる。また、実際に被験者の顔の表情が変化する。これは、ミラーニューロンが実現する。
  (c)ミラーニューロン領域の活性化は、島、大脳辺縁系の感情をつかさどる部分、とくに扁桃核(顔に強く反応する辺縁構造)に伝播し、活性化させる。これで、感情はいわば本物となる。
  (d)結果的に、他人の感情が共有されることになる。
  「僕はある人がどれほど賢いか、どれほど愚かか、どれほど善人か、どれほど悪人か、あるいはその人がいまなにを考えているかを知りたいとき、自分の表情をできるだけその人の表情とそっくりに作るんだ。そうすると、やがてその表情と釣り合うような、一致するような考えやら感情やらが、頭だか心だかに浮んでくるから、それが見えるのを待っているのさ」。(エドガー・アラン・ポーの短篇小説「盗まれた手紙」の主人公・探偵オーギュスト・デュパンの台詞)

(4)問題:生得的な傾向性は、人間をどこに導くのか
 人は感情や意図を共有し合える能力を持っているにもかかわらず、なぜ残虐にもなれるのか。
  人は感情や意図を共有し合える能力を持っているにもかかわらず、現実に発生する残虐行為を解決するには、科学的な事実と制度・政策との関係、人間の生物学的組成と社会性、自由意志の問題の解明が必要である。(マルコ・イアコボーニ(1960-))
 (4.1)感情や意図の共有
  感情や意図を共有し合えるという能力は、人と人とを意識以前の基本的なレベルで互いに深く結びつけ、人間の社会的行動の根本的な出発点でもある。
 (4.2)残虐行為が存在するという事実
(5)仮説:潜在的、反射的、意識以前のレベルの理解が、問題解決の鍵である
 (5.1)科学的な事実と、制度・政策との関係の問題、人間の生物学的組成、社会性と自由意志の問題
  共感を促進するのと同じ神経生物学的メカニズムが、特定の環境や背景のものでは共感的行動と正反対の行動を生じさせている可能性があるが、科学的な事実と制度・政策との関係の問題と、人間の生物学的組成、社会性と自由意志の問題が絡み、解決を難しくしている。
  (5.1.1)暴力的な映像による模倣暴力の事例
    暴力的な映像による模倣暴力の存在は、実験で検証されている。攻撃的な行動は、未就学児でも青年期でも、性別、生来の性格、人種によらず一貫して観察される。実際の社会においても、因果関係が実証されている。(マルコ・イアコボーニ(1960-))
  (5.1.2)科学的な事実と、制度・政策との関係の問題
   (a)これを解明するためには、科学的な事実を、社会全般の幸福を促進するための政策策定に反映させる制度的な仕組みが必要だが、そのような体制にはなっていない。
   (b)規制すべきかどうかの問題。言論の自由との絡みがある。
   (c)規制すべきかどうかの問題。市場と金銭的利害との絡みがある。
  (5.1.3)人間の生物学的組成、社会性と自由意志の問題
   (a)社会性と人間の自由意志の関係
    人間の最大の成功ではないかとも思える私たちの社会性が、一方では私たちの個としての自主性を制限する要因でもあることを示唆している。これは長きにわたって信じられてきた概念に対する重大な修正である。
   (b)人間の生物学的組成と自由意志の関係
    一方、人間はその生物学的組成を乗り越えて、自らの考えを社会の掟を通じて自らを定義できるとする見方がある。

 (5.2)顕在的、計画的、意識的レベルと潜在的、反射的、意識以前のレベルの問題
  感情や意図の共感能力と、現実に発生する残虐行為との矛盾の解決には、意識的、顕在的な問題を意識以前の潜在的な観点から理解し、局地的に作用しがちな共感が、他文化理解の基盤でもあることを解明する必要がある。(マルコ・イアコボーニ(1960-))
  (5.2.1)顕在的、計画的、意識的レベル
   社会は明らかに、顕在的で、計画的で、意識的な対話の上に築かれる。これを、潜在的レベルの共感で基礎づけて理解することが、問題解決の鍵である。
  (5.2.2)潜在的、反射的、意識以前のレベル
   (a)ミラーニューロンは前運動ニューロンであり、したがって私たちが意識して行う行動とはほとんど関係がない、潜在的で、反射的な、意識以前の現象である。
   (b)道徳の基盤は、人から「動かされる」こと、すなわち共感である。

 (5.3)局地的に作用する共感が、同時に他文化を理解する基盤でもある
  (5.3.1)共感の局地性
   (a)ミラーリングと模倣の強力な効果は、きわめて局地的である。
   (b)そうしてできあがった文化は互いに連結しないため、昨今、世界中のあちこちで見られるように、最終的に衝突にいたってしまう。
   (c)地域伝統の模倣が、個人の強力な形成要因として強く強調されている。そして、人々は集団の伝統を引き継ぐ者になる。
  (5.3.2)普遍的な共感性の可能性
   (a)私たちをつなぎあわせる神経生物学的機構が存在する。
   (b)神経生物学的メカニズムは、別の文化の存在を明かすこともできる。
   (c)ただし、宗教的または政治的な信念体系は、大きな影響力を持ち、真の異文化間の出会いを難しくしている。


(出典:UCLA Brain Research Institute
マルコ・イアコボーニ(1960-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「ミラーリングネットワークの好ましい効果であるべきものを抑制してしまう第三の要因は、さまざまな人間の文化を形成するにあたってのミラーリングと模倣の強力な効果が、きわめて《局地的》であることに関係している。そうしてできあがった文化は互いに連結しないため、昨今、世界中のあちこちで見られるように、最終的に衝突にいたってしまう。もともと実存主義的現象学の流派では、地域伝統の模倣が個人の強力な形成要因として強く強調されている。人は集団の伝統を引き継ぐ者になる。当然だろう? しかしながら、この地域伝統の同化を可能にしているミラーリングの強力な神経生物学的メカニズムは、別の文化の存在を明かすこともできる。ただし、そうした出会いが本当に可能であるならばの話だ。私たちをつなぎあわせる根本的な神経生物学的機構を絶えず否定する巨大な信念体系――宗教的なものであれ政治的なものであれ――の影響があるかぎり、真の異文化間の出会いは決して望めない。
 私たちは現在、神経科学からの発見が、私たちの住む社会や私たち自身についての理解にとてつもなく深い影響と変化を及ぼせる地点に来ていると思う。いまこそこの選択肢を真剣に考慮すべきである。人間の社会性の根本にある強力な神経生物学的メカニズムを理解することは、どうやって暴力行為を減らし、共感を育て、自らの文化を保持したまま別の文化に寛容となるかを決定するのに、とても貴重な助けとなる。人間は別の人間と深くつながりあうように進化してきた。この事実に気づけば、私たちはさらに密接になれるし、また、そうしなくてはならないのである。」
(マルコ・イアコボーニ(1960-),『ミラーニューロンの発見』,第11章 実存主義神経科学と社会,早川書房(2009),pp.331-332,塩原通緒(訳))
(索引:)

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