分断制圧戦略
【法外な富の蓄積や低い実質税率という真実を隠蔽し実利を得る方法(a)ゼロサムゲームの幻想を広め,高齢者対若者,中間層対貧困層など国民を分断,対立させる(b)公務員を悪者にし,規制緩和と民営化を推進する(c)最高裁への影響力(ロバート・ライシュ(1946-))】(1)富裕層の知られてはならない秘密
(a)法外な所得や、富の蓄積。
(b)実質的な税率が低いという事実。
(c)相続税や、キャピタル・ゲイン課税をなるべく低くすること。
(d)富裕層に対して、さらなる減税を進めようとしていること。
(2)逆進主義者たちの分断制圧戦略
国民を互いに分断し、互いに争わせ、本当の事実を見えなくさせる方法である。
(2.1)戦略1 「ゼロサムゲーム」という幻想
財政赤字に対する警鐘を鳴らしつつ、誰かを救うためには誰かが犠牲にならなければならないという幻想を作り出し、中産階級に人気の政策を締め付ける。
(a)社会保障の受給が間近に迫る高齢労働者と、自分たちの時代にはそれらは破綻していると思っている若年労働者を対立させること。
(b)中間層と貧困層を対立させること。
(c)組合員と非組合員とを対立させること。
(d)自国民と移民とを対立させること。
(e)宗教的保守と世俗主義者とを対立させること。
(2.2)戦略2 公務員を悪者にする
(a)公的部門と、民間の労働者とを対立させること。
(b)規制緩和と民営化の推進に好都合な戦略である。
(c)社会資本やインフラへの投資削減に好都合な戦略である。
(2.3)戦略3 最高裁を制圧せよ
「逆進主義者の狙いは、米国を分断し制圧することだ。前に述べたように、組合員と非組合員とを対立させ、公的部門とそうでない部門の労働者、米国生まれと移民とを対抗させたばかりか、メディケアや社会保障の受給が間近に迫る高齢労働者と自分たちの時代にはそれらは破綻していると思っている若年労働者、中間層と貧困層、宗教的保守と世俗主義者との間をも対立させている。
これは、富裕層のトップが法外な所得や富や権力を得てそれをため込んでいることや、歴史的に富裕層には税率が低いという事実から、人々の関心をそらすやり方の一つなのだ。そして彼らは、自分たちが富裕層に対してさらなる減税を進めようとしていることに誰も気づくまいと考え、ブッシュ減税を恒久化して富裕層減税を進め、相続税を廃止したほか、自分の所得をより税率が低いキャピタル・ゲイン課税(15%)になるべく多く区分できるようにしたのである。
逆進主義者たちの分断制圧戦略は、以下の三つの部分からなっている。
戦略1 「ゼロサムゲーム」という幻想。
一つ目は連邦政府の予算審議だ。財政赤字に対する警鐘を鳴らしつつ、中産階級に人気の政策を締め付けることで、逆進主義者たちは国民に、首都で巨大なゼロサムゲームが起こっていると思わせたいのだ。普通のアメリカ人が勝つためには、別の普通のアメリカ人が負けなくてはならないという風に考えてほしいのだ。」(後略)
戦略2 公務員を悪者にする
戦略3 最高裁を制圧せよ
(ロバート・ライシュ(1946-)『怒りを越えて』(日本語名:『格差と民主主義』)PART1 不公正なゲーム、何を間違えたのか、p.xx、東洋経済新報社 (2014)、雨宮寛・今井章子(訳))
(索引:分断制圧戦略)
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「国家や政府は人間が作ったものであり、法律も企業もそして野球だって人間が作ったものだ。同じように市場も人間の産物である。他のシステムと同じく市場の構築の仕方にもさまざまな方法があるが、それがどう作られようと、人々のやる気や市場のルールによって生まれてくる。理想的には、ルールによって人々が働いたり協力しあう気になり、生産的で創造的でありたいと動機づけされるのが望ましい。つまり、ルールが人々が望む暮らしの実現を手助けするのである。ルールはまた、人々の倫理観や、何が良くて立派で、何が公平かについての判断基準をも映し出す。そしてルールは不変ではなく、時間の経過とともに変わっていく。願わくば、ルールにかかわる人のほとんどが、より良くより公平だと思う方向へ――。だが、常にそうなるとは限らない。ある特定の人々が自分たちを利するようにルールを変える力を得たことによっても、ルールは変わりうるからだ。これがこの数十年の間に、米国や他の多くの国々で起こったことである。私的所有、独占への制限、契約、不履行に対処するための破産などの手段、ルールの執行といった事柄は、いかなる市場にも必須の構成要素だ。資本主義と自由企業体制にはこれらが必要なのだ。だがこの要素の一つひとつを、多くの人ではなく、ひと握りの人々を利するように捻じ曲げることも可能である。」(中略)「経済的支配力が、政治的権力を増大させ、政治的権力がさらに経済的支配力を拡大させる。大企業と富裕層が市場を構築する政治の仕組みに影響を与え、彼らがその政治的決定によって最も恩恵を受けるという状況は加速するばかりだ。こうして彼らの富は増強され、その富によってますます、将来発生する決断事項への影響力を得ていくのである。」(中略)「拡大する不平等は「自由市場」の構成要素そのものにしっかりと焼き込まれている。グローバル化と技術革新がなくても減税や補助金がなくても、国民総所得のうち、企業と、企業収益に自分の所得が連動する重役たちや投資家に振り分けられる割合は、労働者層に向う割合よりも、相対的に増加している。こうして悪循環が勝手に成立していくのである。」
(ロバート・ライシュ(1946-)『資本主義を救う』(日本語名『最後の資本主義』)第1部 自由市場、第9章 まとめ――市場メカニズム全般、pp.108-111、東洋経済新報社 (2016)、雨宮寛・今井章子(訳))
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「批判的思考の課題は「過去を保存することではなく、過去の希望を救済することである」というアドルノの教えは、その今日的な問題性をいささかなりとも失ってはいない。しかしまさしくその教えが今日的な問題性を持つのが急激に変化した状況においてであるがゆえに、批判的思考は、その課題を遂行するために、絶え間ない再考を必要とするものとなる。その再考の検討課題として、二つの主題が最高位に置かれなければならない。
「実のところ、正面切っていう社会学者はいないが、しかしすべての社会学の理論が、人間は生来的に(すなわち生物学的という意味で)《社会的》であるとする暗黙の前提に基づいている。事実、草創期の社会学者を大いに悩ませた難問――疎外、利己主義、共同体の喪失のような病理状態をめぐる問題――は、人間が集団構造への組み込みを強く求める欲求によって動かされている、高度に社会的な被造物であるとする仮定に準拠してきた。パーソンズ後の時代における社会学者たちの、不平等、権力、強制などへの関心にもかかわらず、現代の理論も強い社会性の前提を頑なに保持している。もちろんこの社会性については、さまざまに概念化される。たとえば存在論的安全と信頼(Giddens,1984)、出会いにおける肯定的な感情エネルギー(Collins,1984,1988)、アイデンティティを維持すること(Stryker,1980)、役割への自己係留(R. Turner,1978)、コミュニケーション的行為(Habermas,1984)、たとえ幻想であれ、存在感を保持すること(Garfinkel,1967)、モノでないものの交換に付随しているもの(Homans,1961;Blau,1964)、社会結合を維持すること(Scheff,1990)、等々に対する欲求だとされている。」(中略)「しかしわれわれの分析から帰結する一つの結論は、巨大化した脳をもつヒト上科の一員であるわれわれは、われわれの遠いイトコである猿と比べた場合にとくに、生まれつき少々個体主義的であり、自由に空間移動をし、また階統制と厳格な集団構造に抵抗しがちであるということだ。集団の組織化に向けた選択圧は、ヒト科――アウストラロピテクス、ホモ・ハビリス、ホモ・エレクトゥス、そしてホモ・サビエンス――が広く開けた生態系に適応したとき明らかに強まったが、しかしこのとき、これらのヒト科は類人猿の生物学的特徴を携えていた。」
