2020年7月7日火曜日

既にコード化が完了し、注意によってアクセスされれば意識化される「前意識」と呼ばれる無意識状態が存在する。前意識は、朽ちていく前の短時間ならアクセス可能で、意識化されたとき、過去の事象を振り返って経験させる。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

アクセス可能な前意識

【既にコード化が完了し、注意によってアクセスされれば意識化される「前意識」と呼ばれる無意識状態が存在する。前意識は、朽ちていく前の短時間ならアクセス可能で、意識化されたとき、過去の事象を振り返って経験させる。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】

(4)、(5.2)追記。

(4)アクセス可能な前意識
 意識は能力が限られているため、新たな項目にアクセスするには、それまでとらえていた項目から撤退しなければならない。新たな項目は、前意識の状態に置かれ、アクセスは可能であったが、実際にアクセスされていなかったものだ。また、どの対象にアクセスすべきかを選択するのに、注意が意識への門戸として機能する。
 (4.1)知覚のコード化は終わっている
  情報はすでに発火するニューロンの集合によってコード化され、注意の対象になりさえすればいつでも意識され得るが、実際にはまだされていない状態にある。
 (4.2)前意識(ジークムント・フロイト(1856-1939))
  「プロセスのなかには、(……)意識されなくなっても、再度難なく意識できるものもある。(……)かくのごとく振る舞う、すなわち意識的な状態といとも簡単に交換可能な無意識的状態はすべて、〈意識にのぼる能力を持つ〉と、もしくは〈前意識〉と記述すべきだろう」
 (4.3)アクセスされない知覚情報
  (a)前意識の情報は、私たちがそれに注意を向けない限り、そこでゆっくりと朽ちていく。
  (b)慣れによって意識されない表象
   慣れによって、その印象に新鮮な魅力がなくなって、我々の注意力や記憶力を喚起するほど十分強力ではなくなり、感覚されなくなることがある。(参考:我々の魂の内には、意識表象も反省もされていない無数の表象と、その諸変化が絶えずある。(ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(1646-1716)))

 (4.4)遅れてアクセスされた知覚情報
  (a)短期間なら、朽ちてゆく前意識の情報は、回復して意識にのぼらせることができる。その場合、私たちは過去の事象を振り返って経験する。
  (b)意識されない表象の記憶
   注意力が気づくことなく見過ごしていたある表象が、誰かが直ちにその表象について告げ知らせ、例えば今聞いたばかりの音に注意を向けさせるならば、我々はそれを思い起こし、まもなくそれについてある感覚を持っていたことに気づくことがある。(参考:我々の魂の内には、意識表象も反省もされていない無数の表象と、その諸変化が絶えずある。(ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(1646-1716)))

(5)アクセス中の表象としての意識
 ある項目が意識にのぼり、心がそれを利用できるようになる。私たちは基本的に、特定の一時点をとりあげれば、一つの意識的な思考のみが可能であるにすぎない。それらは、言語システムや、その他の記憶、注意、意図、計画に関するプロセスの対象として利用可能になる。そして、私たちの行動を導く。

 (5.1)意識の劇場(イポリット・テーヌ(1828-1893))
  人間の心は、フットライトのある先端では狭く、背景に退くに従って広くなる舞台に譬えられる。先端では、たった一人の演者が占める余地しかない。背後に控える演者は姿がぼやけ、舞台裏や脇には見えない無数の演者が控えている。(イポリット・テーヌ(1828-1893))

 (5.2)グローバル・ワークスペース理論(バーナード・バース(1946-))
  (仮説)意識されない無数の心的表象のうち、目的に合致したものが選択され、グローバル・ワークスペースと呼ばれる特殊な神経領域に保管される。このとき、情報は意識化され、様々な脳領域で利用可能な状態となる。(バーナード・バース(1946-))
  (5.2.1)グローバル・ワークスペース
   グローバル・ワークスペースと呼ばれる特殊な神経領域が存在する。
  (5.2.2)意識されている情報
   引き起こされた活動が伝播し、最終的にはグローバル・ワークスペースを点火する。このとき、その情報は、意識化される。
  (5.2.3)意識されない情報
   その情報は、グローバル・ワークスペースを点火しない。
  (5.2.4)情報の広域化機能
   (i)ここに保管されている情報は、様々な脳領域において利用可能な状態となっている。
   (ii)すなわち、意識とは、脳全体の情報共有にほかならない。
  (5.2.5)ワークスペースの抑制機能
   (a)ワークスペースのニューロンには、現在の意識の内容を限定し、それが何では「ない」かも知らせるために、強制的に沈黙させねばならないものもある。
   (b)活動を抑制されたニューロンの存在は、二つの物体を同時に見たり、努力を要する二つの課題を一度に遂行したりすることを妨げる。
   (c)二番目の刺激が入ってこないよう、周囲に抑制の壁が築かれる。
   (d)ワークスペースは、低次の感覚野の活性化を排除するわけではない。低次の感覚野は、ワークスペースが最初の刺激によって占められている場合でも、明らかにほぼ通常のレベルで機能する。
  (5.2.6)グローバル・ワークスペースと相互作用する様々な特化した心のプロセッサの例
   (i)対応する外部刺激が途絶えたあとでも、それを長く心に留めておく機能
   (ii)外部刺激を名前と対応づける機能

 「「脳の作用のほとんどは無意識のうちに生じる」という、第2章の主たるメッセージを思い出そう。私たちは、呼吸から姿勢のコントロール、そして低次の視覚から微細な手の動き、さらには文字認識から文法に至るまで、自分が何をしているのか、何を知っているのかに気づいていない。非注意性盲目が生じると、着ぐるみのゴリラが胸を叩く様子でさえ見落とす。私たちのアイデンティティや行動様式は、無数の無意識のプロセッサーによって織り上げられているのだ。
 グローバル・ワークスペース理論は、この混乱したジャングルにいくばくかの秩序をもたらす。それは、メカニズムが劇的に異なる個々の脳領域における無意識の働きを分類する。非注意性盲目では何が生じるかを考えてみよう。それが起こると、意識的知覚が現れる通常の閾値をはるかに超えて視覚刺激が与えられるのに、別の課題によって心が完全に占められているため、それに気づかない。私はこの文章を妻の実家で書いている。それは17世紀の農家で(ヨーロッパの石造建築は何世紀も使用に耐える)、その魅力的な居間に置かれている巨大なホール時計の振り子が、たった今私の目の前で揺れ、時を刻んでいる。しかし本書の執筆に集中していると、時計のリズミックな音は、私の心から消え去る。このように、気づきは非注意性盲目によって妨げられるのである。
 われわれは、この種の無意識の情報には「前意識の」という形容詞を加えて分類するよう提案する。それは待機中の意識を指す。つまり、情報はすでに発火するニューロンの集合によってコード化され、注意の対象になりさえすればいつでも意識され得るが、実際にはまだされていない状態を言う。われわれはこの用語をジークムント・フロイトから拝借した。『精神分析概説』で彼は、「プロセスのなかには、(……)意識されなくなっても、再度難なく意識できるものもある。(……)かくのごとく振る舞う、すなわち意識的な状態といとも簡単に交換可能な無意識的状態はすべて、〈意識にのぼる能力を持つ〉と、もしくは〈前意識〉と記述すべきだろう」と述べる。
 グローバル・ワークスペースのシミュレーションによって、前意識の状態を生む神経メカニズムがいかなるものかを推定できる。シミュレーションに刺激を与えると、それによって引き起こされた活動が伝播し、最終的にはグローバル・ワークスペースを点火する。すると次に、この意識的な表象は、二番目の刺激が入ってこないよう、周囲に抑制の壁を築く。この中枢での競争は避けられない。意識的な表象は、何であるかと同程度に、何では《ない》かによっても定義されると、先に述べた。われわれの仮説によれば、ワークスペースのニューロンには、現在の意識の内容を限定し、それが何では《ない》かを報せるために、強制的に沈黙させねばならないものもある。このような抑制の拡大は、皮質の高次の中枢にボトルネックを生む。いかなる意識ある状態においても必須の部分を構成する、活動を抑制されたニューロンの存在は、二つの物体を同時に見たり、努力を要する二つの課題を一度に遂行したりすることを妨げる。しかしそれは、低次の感覚野の活性化を排除するわけではない。低次の感覚野は、ワークスペースが最初の刺激によって占められている場合でも、明らかにほぼ通常のレベルで機能する。前意識の情報は、私たちがそれに注意を向けない限り、そこでゆっくりと朽ちていく。短期間なら、朽ちてゆく前意識の情報は、回復して意識にのぼらせることができる。その場合、私たちは過去の事象を振り返って経験する。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第5章 意識を理論化する,紀伊國屋書店(2015),pp.266-268,高橋洋(訳))
(索引:前意識)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々のシナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)
スタニスラス・ドゥアンヌの関連書籍(amazon)
検索(スタニスラス・ドゥアンヌ)
検索(stanislas dehaene)

無意識の無数の認知機能が計算した確率的な推論結果からサンプルが抽出されるには、意識的な注意の働きが必要なことが、両眼視野闘争の実験などで示されている。ここには、量子力学の観測と類似の状況があるが、未解明である。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

意識的な注意の働き

【無意識の無数の認知機能が計算した確率的な推論結果からサンプルが抽出されるには、意識的な注意の働きが必要なことが、両眼視野闘争の実験などで示されている。ここには、量子力学の観測と類似の状況があるが、未解明である。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】

(3.3)追記。

(3)気づきの外での情報選択
 無意識の無数の統計マシンが計算した、感覚データの原因となった外界の確率的な推論結果のうちから、その時点における最善の解釈を抽出して、意識を持ったたった一つの意志決定システムへ引き渡す。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))
 (3.1)入力:無意識の認知作用の確率的な推論結果
  無意識の認知作用は、感覚データの原因となった外界についての確率的な推論結果しか示さない。
 (3.2)出力:最善の解釈サンプルの抽出(全か無かのサンプル)
  あらゆる曖昧さを取り除き、その時点における外界の最善の解釈を抽出して、意思決定システムに受け渡す必要がある。私たちがさらなる決断を下せるよう、あらゆる無意識の可能性を整理して、たった一つの意識的なサンプルが抽出される。
 (3.3)作用の担い手:意識的な注意(精神の能動)
  (a)サンプリングは、意識的な注意の働きなくしては生じない。
  (b)例:両眼視野闘争
   (i)二つのイメージに注意を向けていると、それらは絶えず交互に意識に現われる。
   (ii)注意を別の対象に向けると、両眼視野闘争は停止する。
   (iii)サンプリングによる選択は、意識的な注意が向けられているときにのみ生じるらしい。
  (c)意識的な注意の量子力学における観測装置との類似性
   特定の対象に注意を向ける、まさにその意識の活動によって、さまざまな解釈の確率分布が収縮し、そのなかの一つだけを私たちは知覚する。このように意識の活動は、背後に存在する、無意識の計算の広大な領域のわずかな部分を垣間見せる、選別的な測定装置として機能する。
 (3.4)次の入力先:意識を持ったたった一つの意思決定者
  どんな生物も、確率のみに頼って行動できるわけではない。意識化されたサンプルを用いて、自発的行為のための意思決定を行う。

 「サンプリングは、意識的な注意の働きなくしては生じないという意味で、純粋にコンシャスアクセスの機能と考えられる。両目のおのおのに異なるイメージを提示すると生じる不安定な知覚、両眼視野闘争を考えてみよう。二つのイメージに注意を向けていると、それらは絶えず交互に意識に現われる。感覚入力はあいまいで、かつ固定しているが、私たちは一時にはどちらか一方のイメージにしか気づかないため、絶えず交替するものとしてそれらを知覚する。しかし重要なことに、注意を別の対象に向けると、両眼視野闘争は停止する。どうやらサンプリングによる選択は、意識的な注意が向けられているときにのみ生じるらしい。その結果、無意識のプロセスは意識のプロセスにより客観的になる。というのも、無意識の無数のニューロンが、外界の状況に関して真の確率分布を見積もるのに対し、意識はためらうことなく、それを全か無かのサンプルに還元するからだ。
 このプロセスは、奇しくも量子力学に似た側面がある(ニューロンのメカニズムが、古典力学のみに関係することはほぼ間違いないが)。量子力学によれば、物理的実体は、特定の状態で粒子が見出される確率を決定する波動関数の重ね合わせから構成される。しかし私たちが測定を行うやいなや、この確率は、全か無かの固定された状態へと収縮する。私たちは、半分生きていて半分死んでいるという、有名なシュレーディンガーの猫のような奇妙な混合状態を観察することはない。量子論に従えば、測定の行為それ自体によって、確率はたった一つの個別的な状態へと収縮するのである。脳内でも、類似の現象が起こる。つまり特定の対象に注意を向ける、まさにその意識の活動によって、さまざまな解釈の確率分布が収縮し、そのなかの一つだけを私たちは知覚する。このように意識の活動は、背後に存在する、無意識の計算の広大な領域のわずかな部分を垣間見せる、選別的な測定装置として機能する。
 とはいえ、この魅力的なたとえは、表面的なものにすぎないのかもしれない。量子力学の基盤となる数学が、意識的知覚の問題を扱う認知神経科学に適用できるかどうかは、今後の研究成果を待たねばならない。しかし人間の脳内ではそのような分業が至るところに見られ、無意識のプロセスが並行処理によって迅速な計算を実行する統計マシンであるのに対し、意識が緩慢なサンプリング装置であることは確実に言える。これは視覚のみならず言語の領域にも当てはまる。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第3章 意識は何のためにあるのか?,紀伊國屋書店(2015),pp.140-141,高橋洋(訳))
(索引:意識的な注意の働き,意識,注意,量子力学と意識,両眼視野闘争)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々のシナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)
スタニスラス・ドゥアンヌの関連書籍(amazon)
検索(スタニスラス・ドゥアンヌ)
検索(stanislas dehaene)

2020年7月6日月曜日

無意識の無数の統計マシンが計算した、感覚データの原因となった外界の確率的な推論結果のうちから、その時点における最善の解釈を抽出して、意識を持ったたった一つの意志決定システムへ引き渡す。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

意識は何のためにあるのか?

【無意識の無数の統計マシンが計算した、感覚データの原因となった外界の確率的な推論結果のうちから、その時点における最善の解釈を抽出して、意識を持ったたった一つの意志決定システムへ引き渡す。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】

(2)、(3)追記。

意識されない知覚情報、アクセス可能な前意識、アクセス中の意識
  無数の潜在的な知覚情報と記憶から、まず気づきの外で情報選択がなされ、注意によってある項目が意識にのぼる。特定の一時点においては、一つの意識的な思考のみが可能であるにすぎない。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

(1)無数の潜在的な知覚情報と記憶
 私たちの環境は無数の潜在的な知覚情報に満ちあふれている。同様に、私たちの記憶は、次の瞬間には意識に浮上する可能性がある知識で満たされている。
(2)識閾下での認知作用
 (2.1)様々な認知作用
  知覚、言語理解、決定、行為、評価、抑制に至る広範な認知作用が、少なくとも部分的には、識閾下でなされ得る。
 (2.2)無意識の無数の統計マシン
  意識以前の段階では、無数の無意識のプロセッサーが並行して処理を実行する。
 (2.3)知覚の例
  (a)入力:感覚データ
   微かな動き、陰、光のしみなど。
  (b)推論:観察結果の背後にある隠れた原因を推測する。
  (c)出力:感覚データの原因となった外界
   自らが直面している環境に、特定の色、形状、動物、人間などが存在する可能性を計算する。
(3)気づきの外での情報選択
 無意識の無数の統計マシンが計算した、感覚データの原因となった外界の確率的な推論結果のうちから、その時点における最善の解釈を抽出して、意識を持ったたった一つの意志決定システムへ引き渡す。
 (3.1)無意識の認知作用の確率的な推論結果
  無意識の認知作用は、感覚データの原因となった外界についての確率的な推論結果しか示さない。
 (3.2)最善の解釈サンプルの抽出
  あらゆる曖昧さを取り除き、その時点における外界の最善の解釈を抽出して、意思決定システムに受け渡す必要がある。私たちがさらなる決断を下せるよう、あらゆる無意識の可能性を整理して、たった一つの意識的なサンプルが抽出される。
 (3.3)意識を持ったたった一つの意思決定者
  どんな生物も、確率のみに頼って行動できるわけではない。意識化されたサンプルを用いて、自発的行為のための意思決定を行う。

(4)アクセス可能な前意識
 意識は能力が限られているため、新たな項目にアクセスするには、それまでとらえていた項目から撤退しなければならない。新たな項目は、前意識の状態に置かれ、アクセスは可能であったが、実際にアクセスされていなかったものだ。また、どの対象にアクセスすべきかを選択するのに、注意が意識への門戸として機能する。
(5)アクセス中の表象としての意識
 ある項目が意識にのぼり、心がそれを利用できるようになる。私たちは基本的に、特定の一時点をとりあげれば、一つの意識的な思考のみが可能であるにすぎない。それらは、言語システムや、その他の記憶、注意、意図、計画に関するプロセスの対象として利用可能になる。そして、私たちの行動を導く。


 「私の提起する意識の構図は、自然な分業を前提にする。地下では、無数の無意識の職人が骨の折れる作業をこなし、最上階では、選抜された役員が、重要な局面のみに焦点を絞って、じっくりと意識的な決断を下している。そんなイメージだ。
 第2章では、無意識の力を検討した。知覚から言語理解、決定、行為、評価、抑制に至る広範な認知作用が、少なくとも部分的には、識閾下でなされ得る。意識以前の段階では、無数の無意識のプロセッサーが並行して処理を実行し、外界についての詳細で徹底した解釈をつねに引き出そうとしている。それらは、微かな動き、陰、光のしみなど、あらゆる知覚の微細なヒントを最大限に活用しながら、もろもろの特徴が現在の環境にも当てはまるか否かを計算する、一種の最適化された統計マシンとして機能する。気象庁が何十種類もの気象データを組み合わせて、明日、明後日の降水確率を計算するのと同様、無意識の知覚は、入力された感覚データをもとにして、自らが直面している環境に、特定の色、形状、動物、人間などが存在する可能性を計算する。それに対して意識は、この確率的な宇宙の一端のみ、すなわち統計学者なら、無意識データの分布から得られた「標本」と呼ぶであろうもののみを取り上げる。そして、あらゆるあいまいさを取り除き、単純化された概観を、言い換えると、意思決定システムに受け渡せる、その時点における外界の最善の解釈を抽出するのだ。
 無意識の無数の統計マシンと、意識を持つたった一人の意思決定者のあいだのこの分業は、環境内を動き回り、外界に応じて行動する必要のある、あらゆる生物に課せられた要件なのかもしれない。どんな生物も、確率のみに頼って行動できるわけではない。いずれかの時点で、独裁的なプロセスが、あらゆる不確実性を整理して、決定を下さねばならない。」(中略)「いかなる自発的行為にも、そこを超えたら元には戻れない、ある一定の境界を踏み越えることが求められる。意識は、この境界の踏み越えを可能にする脳の装置かもしれない。つまり、私たちがさらなる決断を下せるよう、あらゆる無意識の可能性を整理して、たった一つの意識的なサンプルを抽出するのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第3章 意識は何のためにあるのか?,紀伊國屋書店(2015),pp.132-133,高橋洋(訳))
 「ベイズ推定は、統計的推論を遡及的に適用して、観察結果の背後にある隠れた原因を推測する。一般に古典的な確率理論では、起こり得る事象がまず指定され(たとえば「52枚のカードから成る山札から3枚を引く」)、それから私たちは、当該理論に従って特定の結果が生じる確率を割り当てる(「引いた3枚のカードがすべてエースである確率はどれくらいか?」)。それに対してベイズ理論は、結果から未知の原因へと推論が逆方向になされる(「52枚のカードから成る山札から3枚を引き、それらがすべてエースだった場合、イカサマによってこの山札に5枚以上のエースが含まれる確率はどのくらいか?」)。この方法は「逆推論」、あるいは「ベイズ統計学」と呼ばれる。「脳はベイズ統計学者のごとく機能する」という仮説は、最新の神経科学の研究のなかでも、もっとも熱く、またもっとも激しい議論を呼んでいるテーマの一つだ。
 感覚のあいまいさのゆえに、人間の脳は一種の逆推論を行わねばならない。同じ感覚は、外界のさまざまな事物によって引き起こされ得る。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第3章 意識は何のためにあるのか?,紀伊國屋書店(2015),pp.134-135,高橋洋(訳))
(索引:意識は何のためにあるのか)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々シナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)
スタニスラス・ドゥアンヌの関連書籍(amazon)
検索(スタニスラス・ドゥアンヌ)
検索(stanislas dehaene)

ある役者が、学生に方角を尋ねる。通りがかりの労働者によって会話が一時的に中断され、わずか2秒ほどの間に髪型も服装も異なる別の役者に入れ替わるが、会話再開のとき学生はその事実に気づかない。変化盲という現象である。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

変化盲

【ある役者が、学生に方角を尋ねる。通りがかりの労働者によって会話が一時的に中断され、わずか2秒ほどの間に髪型も服装も異なる別の役者に入れ替わるが、会話再開のとき学生はその事実に気づかない。変化盲という現象である。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】

変化盲
 (a)ある役者が、通りかかった学生に方角を尋ねる。
 (b)しかし、通りがかりの労働者によって、その会話は一時的に中断される。
 (c)2秒後に会話が再開したときには、もとの役者は別の役者と入れ替わっている。
 (d)二人の役者は髪型も服装も異なるにもかかわらず、ほとんどの学生は交替した事実に気づかない。

 「ダン・シモンズは役者を使って仕組んだ実験で、変化盲の何たるかを例証した。ハーバード大学のキャンパスで、ある役者が通りかかった学生に方角を尋ねる。しかし通りがかりの労働者によって、その会話は一時的に中断される。2秒後に会話が再開したときには、もとの役者は別の役者と入れ替わっている。二人の役者は髪型も服装も異なるにもかかわらず、ほとんどの学生は交替した事実に気づかない。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第1章 意識の実験,紀伊國屋書店(2015),p.57,高橋洋(訳))
(索引:変化盲)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々シナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)
スタニスラス・ドゥアンヌの関連書籍(amazon)
検索(スタニスラス・ドゥアンヌ)
検索(stanislas dehaene)

2020年7月2日木曜日

白シャツチームと黒シャツチームのバスケットボールの試合で、白シャツチームのパスの回数を数える課題を与えられたビデオ視聴者は、30秒程度のこのビデオに登場するゴリラを検知できない。非注意性盲目という現象である。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

非注意性盲目

【白シャツチームと黒シャツチームのバスケットボールの試合で、白シャツチームのパスの回数を数える課題を与えられたビデオ視聴者は、30秒程度のこのビデオに登場するゴリラを検知できない。非注意性盲目という現象である。(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】

非注意性盲目
(1)「見えないゴリラ」と呼ばれる実験
 (a)一方のチームは白いTシャツを、他方は黒いTシャツを着ている。
 (b)視聴者は、白いTシャツを着ているチームがしたパスの回数を数えるよう指示される。
 (c)ビデオは30秒ほど続く。
 (d)実験者は「ゴリラは見えましたか?」と訊く。
 (e)実験結果:「もちろんそんなものは見ていない!」と視聴者は答える。
 (f)実際のビデオの内容:ビデオをもう一度見せられると、確かにゴリラが登場することがわかる。途中で、着ぐるみのゴリラが現れ、あからさまに胸を何回か叩き、そして去っていくところが映っているのだ。

 「ほとんどの二重課題の実験では、瞬きは数分の1秒しか続かない。実際、文字を記憶に登録するには、わずかな時間しかかからない。しかしより長期間注意をそらせる課題を行なった場合はどうだろう? 驚くべきことに、私たちは外界のできごとにまったく気づかなくなり得る。熱心な読書家、チェスプレイヤー、数学者は、知的な作業に没頭することで、環境に対するあらゆる気づきを失った心的隔離の状況が長期にわたって生じ得ることをよく心得ている。「非注意性盲目」と呼ばれるこの現象は、実験室でも簡単に作り出せる。」(中略)「もう一つよく知られた例を紹介しよう。それは、ダン・シモンズとクリストファー・チャブリスによって考案された「見えないゴリラ」と呼ばれる驚くべき実験だ。ビデオには、二つのチームがバスケットボールをしているところが映されている。一方のチームは白いTシャツを、他方は黒いTシャツを着ている。視聴者は、白いTシャツを着ているチームがしたパスの回数を数えるよう指示される。ビデオは30秒ほど続き、少し集中して見ていれば、ほぼ誰もが、パスの回数は15回であることがわかる。そして実験者は「ゴリラは見えましたか?」と訊く。「もちろんそんなものは見ていない!」と視聴者は答える。しかしビデオをもう一度見せられると、確かにゴリラが登場することがわかる。途中で、着ぐるみのゴリラが現れ、あからさまに胸を何回か叩き、そして去っていくところが映っているのだ。大多数の視聴者は、最初に見せられたときにはゴリラを見落とし、「ゴリラなどいなかった」と強く主張する。そう固く信じているために、二度目には違うビデオを見せられたと抗議する者すらいる。白いTシャツを着たプレイヤーに注意を集中することで、黒いゴリラは忘却の彼方に吹き飛ばされてしまったのである。
 これは認知心理学では画期的な研究だ。同じ頃、研究者たちは非注意性盲目を引き起こす同様な状況を数多く見出している。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第1章 意識の実験,紀伊國屋書店(2015),pp.55-57,高橋洋(訳))
(索引:非注意性盲目)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々シナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)
スタニスラス・ドゥアンヌの関連書籍(amazon)
検索(スタニスラス・ドゥアンヌ)
検索(stanislas dehaene)

人間の心は、フットライトのある先端では狭く、背景に退くに従って広くなる舞台に譬えられる。先端では、たった一人の演者が占める余地しかない。背後に控える演者は姿がぼやけ、舞台裏や脇には見えない無数の演者が控えている。(イポリット・テーヌ(1828-1893))

意識の劇場

【人間の心は、フットライトのある先端では狭く、背景に退くに従って広くなる舞台に譬えられる。先端では、たった一人の演者が占める余地しかない。背後に控える演者は姿がぼやけ、舞台裏や脇には見えない無数の演者が控えている。(イポリット・テーヌ(1828-1893))】


(出典:wikipedia
イポリット・テーヌ(1828-1893)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)
イポリット・テーヌ(1828-1893)
検索(イポリット・テーヌ)

 「ワークスペースという概念は、注意と意識に関する初期のさまざまな心理学説を統合したもので、早くも1870年には、フランスの哲学者イポリット・テーヌが、「意識の劇場」というたとえを用いている。彼によれば、意識は、一度にはただ一人の演者の声しか聞けないように仕向ける幅の狭い舞台のごときものなのである。
 『人間の心は、フットライトのある先端では狭く、背景に退くにしたがって広くなる舞台にたとえられる。先端では、たった一人の演者が占める余地しかない。(……)先端から離れるにしたがって、光からより隔たるがゆえに、背後に控える他の演者は、ますます姿がぼやけていく。さらにこれらのグループの背後、舞台裏や脇に近い位置を占める無数の演者は、ほとんど姿が見えないが、呼ばれれば前に出てくる。なかにはフットライトが直接あたる位置まで進出する者もいる。あらゆるタイプの演者から構成されるこの沸き立つ集団の内部でつねに生じる予測不能な展開によって、その都度コーラスリーダーが決まっては、走馬灯のように聴衆の目の前からすぎ去っていく。』
 フロイトの登場に数十年先立つテーヌのこの比喩は、ただ一つの事項のみが意識にのぼること、また、私たちの心が膨大な種類の無意識のプロセッサーから成ることを巧みに表現する。ワンマンショーをサポートするために、心は大勢のスタッフを抱えているのだ。いかなる瞬間においても、意識の内容は、背後に控えるバレーダンサーたちが織り成す、目には見えない無数の活動から生じる。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第5章 意識を理論化する,紀伊國屋書店(2015),p.231,高橋洋(訳))
(索引:意識の劇場)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々シナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)
スタニスラス・ドゥアンヌの関連書籍(amazon)
検索(スタニスラス・ドゥアンヌ)
検索(stanislas dehaene)

(仮説)意識されない無数の心的表象のうち、目的に合致したものが選択され、グローバル・ワークスペースと呼ばれる特殊な神経領域に保管される。このとき、情報は意識化され、様々な脳領域で利用可能な状態となる。(バーナード・バース(1946-))

グローバル・ワークスペース理論

【(仮説)意識されない無数の心的表象のうち、目的に合致したものが選択され、グローバル・ワークスペースと呼ばれる特殊な神経領域に保管される。このとき、情報は意識化され、様々な脳領域で利用可能な状態となる。(バーナード・バース(1946-))】

グローバル・ワークスペース理論(バーナード・バース(1946-))
 (a)グローバル・ワークスペース
  グローバル・ワークスペースと呼ばれる特殊な神経領域が存在する。
 (b)意識されている情報
  その情報が、グローバル・ワークスペースに保管されている。
 (c)意識されない情報
  その情報が、グローバル・ワークスペースに保管されていない。
 (d)グローバル・ワークスペースが持っている機能
  (i)ここに保管されている情報は、様々な脳領域において利用可能な状態となっている。
  (ii)すなわち、意識とは、脳全体の情報共有にほかならない。
 (e)グローバル・ワークスペースと相互作用する様々な特化した心のプロセッサの例
  (i)対応する外部刺激が途絶えたあとでも、それを長く心に留めておく機能
  (ii)外部刺激を名前と対応づける機能

(出典:bernardbaars.com
バーナード・バース(1946-)の命題集(Propositions of great philosophers)
バーナード・バース(1946-)
検索(Bernard Baars)

 「意識の基盤には、いかなる情報処理の仕組みが存在するのだろうか? その存在理由は何だろうか? そして情報処理に基づく脳の経済において、意識はいかなる存在理由を持ち、どのような機能を果たしているのか? これらの問いに対する私の回答は簡潔なものだ。特定の情報の断片に気づいていると私たちが報告するとき、それはその情報が特殊な保管領域に蓄積され、それを通じて他の脳領域にも利用可能になったことを意味する。気づかぬところで脳内を恒常的によぎる無数の心的表象のうち、現在の目標に合致したものが選択され、意識はそれを高次の意思決定システムが利用できるように広域化する。私たちは、適切な情報を抽出し転送する、いわば心のルーターを備えているのだ。心理学者のバーナード・バースは、これを「グローバル・ワークスペース」と呼んだ。それは、私的な心のイメージを自由に喚起し、無数の特化した心のプロセッサーに伝達することを可能にする、外界から切り離された内的システムを言う。
 この理論に従えば、意識は脳全体の情報共有にほかならない。私たちは、何かを意識するときはつねに、対応する外部刺激が途絶えたあとでも、それを長く心に留めておける。なぜなら、脳は情報をワークスペースに持ち込み、最初に知覚した時間と空間とは無関係に保持できるからだ。その結果、私たちはその情報を好きな方法で利用できる。たとえば、言語プロセッサーに送って、それに名前をつけられる。だから、誰かに何らかの情報を報告する能力は、意識の主要な特徴の一つをなす。また長期記憶に蓄えたり、未来の計画に用いたりすることもできる。情報の柔軟な伝播は、意識の主要な特質の一つなのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第5章 意識を理論化する,紀伊國屋書店(2015),pp.229-230,高橋洋(訳))
(索引:グローバル・ワークスペース理論)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々シナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)
スタニスラス・ドゥアンヌの関連書籍(amazon)
検索(スタニスラス・ドゥアンヌ)
検索(stanislas dehaene)

意識的な知覚表象の生理学的な標識:(a)頭頂葉および前頭前野の神経回路の突然の発火(意識のなだれ)(b)刺激から3分の1秒後に発生するP3波(c)高周波振動の突発(d)多数の皮質領域間の双方向メッセージ交換(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))

被験者が意識的な知覚表象を経験したか否かを示す生理学的な標識

【意識的な知覚表象の生理学的な標識:(a)頭頂葉および前頭前野の神経回路の突然の発火(意識のなだれ)(b)刺激から3分の1秒後に発生するP3波(c)高周波振動の突発(d)多数の皮質領域間の双方向メッセージ交換(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-))】

(1)正確に同じ刺激が、無意識のままであったり、意識されたりする。
 (a)最初はほぼ同量の活動が、視覚皮質において発生する。
 (b)その後、頭頂葉、および前頭前野の神経回路の突然の発火が起こるかどうかで、意識されるかどうかが決まる。
(2)被験者が意識的な知覚表象を経験したか否かを示す生理学的な標識
 (2.1)頭頂葉、および前頭前野の神経回路の突然の発火(意識のなだれ)
  (a)意識される刺激は、頭頂葉、および前頭前野の神経回路の突然の発火に至る激しいニューロンの活動を引き起こす。
  (b)参考:無意識の機能
   (i)脳の後部に位置するシステム
    無意識的トライアルでは、活動の波は脳の後部に位置するシステムに限定され、それゆえ意識はそれに触れられず、そこで起こっている事象にまったく気づかない。
   (ii)左側頭葉での単語の意味の無意識の解釈
    無意識の活動の波はおよそ500ミリ秒間、左側頭葉内部の、単語の意味に関連する領域で反響し続ける。
 (2.2)刺激から3分の1秒後に発生するP3波
  (a)P3波の特徴
   (i)コンシャスアクセスは、刺激が与えられてから3分の1秒が経過してから生じる、P3波と呼ばれる遅い脳波を伴う。
   (ii)これは、270ミリ秒付近で始まり、350~500ミリ秒のどこかの時点でピークに達する。
   (iii)これは、刺激入力後3番目の大きな陽性ピークなので、P3波と呼ばれる。
  (b)P3波の検出方法
   これは、頭頂部に取りつけた電極によって容易に検出できる。
  (c)P3波に対応する意識
   コンシャスアクセスはプッシュ&プルシステムとして機能する。脳は、先行する文字列によって長時間占有されると(これは長いP3波によって示される)、次の表示されるターゲットワードに対して、同時に注意を向けられなくなる。
 (2.3)高周波振動の突発
  (a)意識の点火はさらに、高周波振動の遅れての突発を引き起こす。
 (2.4)多数の皮質領域間の双方向メッセージ交換
  (a)互いに遠く隔たった多数の皮質領域が、双方向の同期したメッセージ交換に参加し、広域的な脳のウェブを形成する。

視覚皮質
 │
 ├→無意識の過程(脳の後部に位置する)
 │
 ├→単語の意味の無意識の解釈(左側頭葉)継続:500ms
 │
 └→頭頂葉、前頭前野の突然の発火(意識のなだれ)
    ↓
   P3波(意識のプッシュ&プルシステム)
    ↓ 開始:270ms, ピーク:350~500ms
   高周波振動の突発
    ↓
   多数の皮質領域間の双方向メッセージ交換

 「われわれが与えた刺激は、意識的、無意識的いずれのトライアルでも、《正確に》同じものであった点に鑑みると、無意識から意識への移行の迅速さには目を見張るものがある。刺激が与えられたあと200~300ミリ秒という、100ミリ秒以内に、まったく相違無しから、全か無かに変わったのだ。いずれのケースでの、ターゲットワードは、最初はほぼ同量の活動を視覚皮質に引き起こしながらも、意識的トライアルでは、この活動の波は勢力を増し、前頭葉と頭頂葉のネットワークの堤防を突破して、はるかに広大な皮質領域へと突然流入するらしい。それに対し無意識的トライアルでは、活動の波は脳の後部に位置するシステムに限定され、それゆえ意識はそれに触れられず、そこで起こっている事象にまったく気づかない。
 とはいえ、無意識の活動はただちに鎮静するわけではない。無意識の活動の波はおよそ500ミリ秒間、左側頭葉内部の、単語の意味に関連する領域で反響し続ける。第2章では、注意の瞬きが生じているあいだ、被験者には見えていない単語の意味が活性化され続けることを見た。この無意識の解釈は、側頭葉の内部で生じる。したがって、前頭葉、および頭頂葉の広大な領域への、活動の波の流入のみが、意識的知覚の存在を示す。
 意識のなだれは、頭頂部に取りつけた電極によって容易に検出できる単純な標識を生む。意識的トライアルでのみ、十分な電圧を持つ脳波がこの領域に浸透する。それは270ミリ秒付近で始まり、350~500ミリ秒のどこかの時点でピークに達する。この大規模で緩慢な事象は、(刺激入力後3番目の大きな陽性ピークなので)P3波と呼ばれる。もちろんその大きさは数マイクロボルトにすぎず、単三電池より百万倍小さい。とはいえ、そのような電気的活動の高まりは、現在では増幅器を用いれば簡単に測定できる。P3波は、二つ目の意識のしるしであり、意識的知覚表象へのアクセスが突然得られるときにはつねに簡単に記録できることが、さまざまな方法によって示されている。
 脳波記録を詳細に調査すると、P3波の発達は、被験者がターゲットワードを見落とした《理由》を説明することがわかった。われわれの実験では、実際には《二つの》P3波が検出された。最初のP3波は、被験者の注意をそらせるために表示された先行する文字列によって引き起こされたもので、この文字列はつねに意識的に知覚されていた。二番目のP3波は、ターゲットワードが見えたときに引き起こされた。おもしろいことに、これら二つの事象のあいだには一定の交換条件が存在する。最初のP3波が長く大きいと、二番目のP3波は、欠けることが多かった。そしてこのケースは、まさにターゲットワードが見落とされたトライアルに見られた。このように、コンシャスアクセスはプッシュ&プルシステムとして機能する。脳は、先行する文字列によって長時間占有されると(これは長いP3波によって示される)、次の表示されるターゲットワードに対して、同時に注意を向けられなくなるのだ。どうやら一方の単語の意識は、他方の単語の意識を除外するらしい。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第4章 意識的思考のしるし,紀伊國屋書店(2015),pp.176-177,高橋洋(訳))
 「本章では、信頼できる意識のしるし、つまり被験者が意識的な知覚表象を経験したか否かを示す生理学的な標識を少なくも4つ見出した。それらは「意識される刺激は、頭頂葉、および前頭前野の神経回路の突然の発火に至る激しいニューロンの活動を引き起こす」「コンシャスアクセスは、刺激が与えられてから3分の1秒が経過してから生じる、P3波と呼ばれる遅い脳波をともなう」「意識の点火はさらに、高周波振動の遅れての突発を引き起こす」「互いに遠く隔たった多数の皮質領域が、双方向の同期したメッセージ交換に参加し、広域的な脳のウェブを形成する」である。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第4章 意識的思考のしるし,紀伊國屋書店(2015),p.224,高橋洋(訳))
(索引:意識,意識の標識,意識のなだれ,P3波)

意識と脳――思考はいかにコード化されるか


(出典:wikipedia
スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)の命題集(Propositions of great philosophers)  「160億年の進化を経て発達した皮質ニューロンのネットワークが提供する情報処理の豊かさは、現在の私たちの想像の範囲を超える。ニューロンの状態は、部分的に自律的な様態で絶えず変動しており、その人独自の内的世界を作り上げている。ニューロンは、同一の感覚入力が与えられても、その時の気分、目標、記憶などによって異なったあり方で反応する。また、意識の神経コードも脳ごとに異なる。私たちは皆、色、形状、動きなどに関して、神経コードの包括的な一覧を共有するが、それを実現する組織の詳細は、人によって異なる様態で脳を彫琢する、長い発達の過程を通じて築かれる。そしてその過程では、個々シナプスが選択されたり除去されたりしながら、その人独自のパーソナリティーが形成されていく。
 遺伝的な規則、過去の記憶、偶然のできごとが交錯することで形作られる神経コードは、人によって、さらにはそれぞれの瞬間ごとに独自の様相を呈する。その状態の無限とも言える多様性は、環境に結びついていながら、それに支配はされていない内的表象の豊かな世界を生む。痛み、美、欲望、後悔などの主観的な感情は、この動的な光景のもとで、神経活動を通して得られた、一連の安定した状態のパターン(アトラクター)なのである。それは本質的に主観的だ。というのも、脳の動力学は、現在の入力を過去の記憶、未来の目標から成る布地へと織り込み、それを通して生の感覚入力に個人の経験の層を付与するからである。
 それによって出現するのは、「想起された現在」、すなわち残存する記憶と未来の予測によって厚みを増し、常時一人称的な観点を外界に投影する、今ここについてのその人独自の暗号体系(サイファー)だ。これこそが、意識的な心の世界なのである。
 この絶妙な生物機械は、あなたの脳の内部でたった今も作動している。本書を閉じて自己の存在を改めて見つめ直そうとしているこの瞬間にも、点火したニューロンの集合の活動が、文字通りあなたの心を作り上げるのだ。」
(スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-),『意識と脳』,第7章 意識の未来,紀伊國屋書店(2015),pp.367-368,高橋洋(訳))
(索引:)

スタニスラス・ドゥアンヌ(1965-)
スタニスラス・ドゥアンヌの関連書籍(amazon)
検索(スタニスラス・ドゥアンヌ)
検索(stanislas dehaene)

2020年6月28日日曜日

ミエリンがインパルスをひとつのランヴィエ絞輪からその次へと、順に飛び移らせる。また、神経インパルスの発火は、軸索膜を介して移動するイオンと水分子によって、わずかな光学的変化と微小な温度変化を生じさせる。(田崎一二(1910-2009))

田崎一二

【ミエリンがインパルスをひとつのランヴィエ絞輪からその次へと、順に飛び移らせる。また、神経インパルスの発火は、軸索膜を介して移動するイオンと水分子によって、わずかな光学的変化と微小な温度変化を生じさせる。(田崎一二(1910-2009))】

(出典:wikipedia
田崎一二(1910-2009)の命題集(Propositions of great philosophers)
 「田崎一二という彼の名前は、あまり知られていないが、彼の精力的な仕事のもたらした成果を知らない者は誰もいない。私たちの神経系が筋肉を制御するために、神経を通して電気を送ることによって機能していること、そして、感覚器官から脳へインパルスが送られていることは、誰もが知っている。がだ、インパルスはどのようにして軸索を伝導されているのだろうか? この疑問に答えたのが、田崎博士だ。」(中略)「電気的インパルスは、誰もが想定していたように、電波として神経線維を駆け抜けているのではなかった。バレエダンサーが舞台の端から端までを二、三度の跳躍で横切るように、ミエリンがインパルスをひとつのランヴィエ絞輪からその次へと、順に飛び移らせていることを、彼は発見した。この発見は、どうしたら有髄軸索が無髄軸索の100倍も速く情報を伝えられるのかを説明していた。」(中略)「1960年代に神経線維の電気的興奮の研究に取り組んでいたとき、田崎は注意深い観察に基づいて、細胞膜を通って移動するイオンが消費したエネルギーに従って、神経インパルスが軸索にわずかな光学的変化と微小な温度変化を引き起こすことを明らかにした。さらに驚いたことに、彼は精巧な装置を作り上げて、神経インパルスの発火中に、軸索膜を介して移動するイオンと水分子が引き起こす、軸索の微細な膨張と収縮を検出した。」(中略)「どんな細胞も、刻々と変化する環境の中で厳密に容積を調節するという難問に直面していることは、私も承知していた。体液中の塩分量が減ると、細胞内外の平衡を回復するために、水やイオンが細胞膜を通して再分配されて、細胞は膨張する。細胞が膨張し始めても破裂しないのは、細胞膜にチャネルを持っていて、細胞を出入りする水や小分子の流れを調節し、正常な細胞容積を回復できるからだ。電気的インパルスが軸索を膨張させたとしても、これらのチャネルが開いて小分子や水を放出し、軸索を収縮させて正常な大きさに戻しているのかもしれない。このようなチャネルを通してATPが外へ出ていけるのならば、神経伝達物質が放出されるシナプスから遠く離れていたとしても、グリアはこのATP放出によって、軸索内の神経インパルスの活動を感知することができるだろう。この仮説を検証するために、私は9年にわたってさまざまな実験を積み重ねた。そしてついに、この仮説を証明し、シナプスを介することなく、軸索から他の脳細胞へ情報が送られる新しい様式を解明して、この研究を完了した。研究成果を公表するために論文を書き上げ、その謝辞のなかで、田崎博士に謝意を表した。」
(R・ダグラス・フィールズ(19xx-),『もうひとつの脳』,第3部 思考と記憶におけるグリア,第15章 シナプスを超えた思考,講談社(2018),pp.504-509,小松佳代子(訳),小西史朗(監訳))
(索引:田崎一二)

もうひとつの脳 ニューロンを支配する陰の主役「グリア細胞」 (ブルーバックス)


(出典:R. Douglas Fields Home Page
R・ダグラス・フィールズ(19xx-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「アストロサイトは、脳の広大な領域を受け持っている。一個のオリゴデンドロサイトは、多数の軸索を被覆している。ミクログリアは、脳内の広い範囲を自由に動き回る。アストロサイトは一個で、10万個ものシナプスを包み込むことができる。」(中略)「グリアが利用する細胞間コミュニケーションの化学的シグナルは、広く拡散し、配線で接続されたニューロン結合を超えて働いている。こうした特徴は、点と点をつなぐニューロンのシナプス結合とは根本的に異なる、もっと大きなスケールで脳内の情報処理を制御する能力を、グリアに授けている。このような高いレベルの監督能力はおそらく、情報処理や認知にとって大きな意義を持っているのだろう。」(中略)「アストロサイトは、ニューロンのすべての活動を傍受する能力を備えている。そこには、イオン流動から、ニューロンの使用するあらゆる神経伝達物質、さらには神経修飾物質(モジュレーター)、ペプチド、ホルモンまで、神経系の機能を調節するさまざまな物質が網羅されている。グリア間の交信には、神経伝達物質だけでなく、ギャップ結合やグリア伝達物質、そして特筆すべきATPなど、いくつもの通信回線が使われている。」(中略)「アストロサイトは神経活動を感知して、ほかのアストロサイトと交信する。その一方で、オリゴデンドロサイトやミクログリア、さらには血管細胞や免疫細胞とも交信している。グリアは包括的なコミュニケーション・ネットワークの役割を担っており、それによって脳内のあらゆる種類(グリア、ホルモン、免疫、欠陥、そしてニューロン)の情報を、文字どおり連係させている。」
(R・ダグラス・フィールズ(19xx-),『もうひとつの脳』,第3部 思考と記憶におけるグリア,第16章 未来へ向けて――新たな脳,講談社(2018),pp.519-520,小松佳代子(訳),小西史朗(監訳))
(索引:)

R・ダグラス・フィールズ(19xx-)
R・ダグラス・フィールズの関連書籍(amazon)
検索(R・ダグラス・フィールズ)

2つの信号を同時に合流させるか否かを制御するために、ミエリン形成グリアは軸索ケーブルの伝導速度を調整する。これは遺伝特性だけでは実現できず、多様で多くの経験を必要とする。(R・ダグラス・フィールズ(19xx-))

ミエリン形成グリアの役割

【2つの信号を同時に合流させるか否かを制御するために、ミエリン形成グリアは軸索ケーブルの伝導速度を調整する。これは遺伝特性だけでは実現できず、多様で多くの経験を必要とする。(R・ダグラス・フィールズ(19xx-))】

(1)2つの信号が1つのニューロンに同時に到達させるかどうかの制御
 (a)軸索の伝導速度を制御することによって、ミエリン形成グリアは、二本の軸索を伝わるインパルスが、一個のニューロンのもとへ同時に合流するかどうかを決定できる。
 (b)「同時に発火するニューロンは、一緒に配線される」という法則が求めるとおりに、確実に入力を同時到着させるためには、インパルスの伝導速度を、長い軸索では増大させ、短い軸索では低下させる必要がある。
(2)軸索を通過するインパルスの到着時間に影響する要因
 (a)胎児脳の発達期に伸び出した成長円錐のたどった個別の経路
 (b)軸索の直径
 (c)軸索の全長
 (d)ランヴィエ絞輪を作るミエリン形成グリアの数
 (e)ミエリン鞘の厚さ
 (f)神経インパルスを発生させるイオンチャネルの種類と数
(3)機能的な経験を通じた制御
 遺伝的特性だけで、最適な伝導速度の配線が行えるとは思えない。軸索ケーブルの伝導速度をそれぞれの脳回路の必要条件に適合させるためには、機能的な経験によって、何らかの調節がなされている可能性のほうが高いだろう。

 「軸索の伝導速度を制御することによって、ミエリン形成グリアは、二本の軸索を伝わるインパルスが、一個のニューロンのもとへ同時に合流するかどうかを決定できる。入力する二本の軸索からのインパルスが同時に到着すれば、それらが樹状突起に発生させるシナプス電位は加算され、より大きな応答を引き起こす。しかし、到着のタイミングがわずかにずれれば、それぞれの入力によって発生するシナプス電位は加算されない。これはちょうど、二人で協力して、轍にはまった自動車を押し出そうとするようなものだ。二人は正確にタイミングを合わせて押さなければならない。インパルスが樹状突起に同時に到着しなかった場合、同時に到着していたら生じただろう大きさのわずか半分の二つの小さな電位変化が、連続して発生することになる。それぞれの電位パルスの大きさが不十分で、シナプス後ニューロンにどんな応答も誘発できない可能性もある。
 重要な神経回路への入力も、長さの異なる軸索を通して送られれば、同時に到着できないだろう。しかも、軸索の長さは異なっているのが普通だ。そこで、「同時に発火するニューロンは、一緒に配線される」という法則が求めるとおりに、確実に入力を同時到着させるためには、インパルスの伝導速度を、長い軸索では増大させ、短い軸索では低下させる必要がある。
 ひとつのシナプスが引き起こす電位変化は、きわめて短い――わずか数ミリ秒だ。そのため、インパルス到着のタイミングには、非常に高度な正確性が求められる。脳の発達期に、脳内のあらゆる軸索において、遺伝子の指示だけを頼りに、軸索を通過するインパルス伝導の最適な速度が確定される可能性はあるだろうか? あるいは、回路のパフォーマンスを最適化するために、伝導速度が機能的な経験に従って調節されている可能性はどうだろう? 相当に離れたニューロン(たとえば、二つの大脳半球を連結する脳梁で隔てられたニューロン)間における伝導の遅延に影響するあらゆる要因を勘案すると、遺伝的特性だけでそれらすべての変数を説明できるとは考えにくい。軸索を通過するインパルスの到着時間に影響する要因は、胎児脳の発達期に伸び出した成長円錐のたどった個別の経路、軸索の直径、軸索の全長にランヴィエ絞輪を作るミエリン形成グリアの数、ミエリン鞘の厚さ、神経インパルスを発生させるイオンチャネルの種類と数をはじめ、数多い。軸索ケーブルの伝導速度をそれぞれの脳回路の必要条件に適合させるためには、機能的な経験によって、何らかの調節がなされている可能性のほうが高いだろう。」
(R・ダグラス・フィールズ(19xx-),『もうひとつの脳』,第3部 思考と記憶におけるグリア,第15章 シナプスを超えた思考,講談社(2018),pp.501-502,小松佳代子(訳),小西史朗(監訳))
(索引:ミエリン形成グリア)

もうひとつの脳 ニューロンを支配する陰の主役「グリア細胞」 (ブルーバックス)


(出典:R. Douglas Fields Home Page
R・ダグラス・フィールズ(19xx-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「アストロサイトは、脳の広大な領域を受け持っている。一個のオリゴデンドロサイトは、多数の軸索を被覆している。ミクログリアは、脳内の広い範囲を自由に動き回る。アストロサイトは一個で、10万個ものシナプスを包み込むことができる。」(中略)「グリアが利用する細胞間コミュニケーションの化学的シグナルは、広く拡散し、配線で接続されたニューロン結合を超えて働いている。こうした特徴は、点と点をつなぐニューロンのシナプス結合とは根本的に異なる、もっと大きなスケールで脳内の情報処理を制御する能力を、グリアに授けている。このような高いレベルの監督能力はおそらく、情報処理や認知にとって大きな意義を持っているのだろう。」(中略)「アストロサイトは、ニューロンのすべての活動を傍受する能力を備えている。そこには、イオン流動から、ニューロンの使用するあらゆる神経伝達物質、さらには神経修飾物質(モジュレーター)、ペプチド、ホルモンまで、神経系の機能を調節するさまざまな物質が網羅されている。グリア間の交信には、神経伝達物質だけでなく、ギャップ結合やグリア伝達物質、そして特筆すべきATPなど、いくつもの通信回線が使われている。」(中略)「アストロサイトは神経活動を感知して、ほかのアストロサイトと交信する。その一方で、オリゴデンドロサイトやミクログリア、さらには血管細胞や免疫細胞とも交信している。グリアは包括的なコミュニケーション・ネットワークの役割を担っており、それによって脳内のあらゆる種類(グリア、ホルモン、免疫、欠陥、そしてニューロン)の情報を、文字どおり連係させている。」
(R・ダグラス・フィールズ(19xx-),『もうひとつの脳』,第3部 思考と記憶におけるグリア,第16章 未来へ向けて――新たな脳,講談社(2018),pp.519-520,小松佳代子(訳),小西史朗(監訳))
(索引:)

R・ダグラス・フィールズ(19xx-)
R・ダグラス・フィールズの関連書籍(amazon)
検索(R・ダグラス・フィールズ)

ミエリン形成グリアは、軸索上のどこにランヴィエ絞輪を配置するかを制御することで、秒速1mから100mという神経インパルスの伝達速度の違いを制御することができる。(R・ダグラス・フィールズ)

ミエリン形成グリアの作用

【ミエリン形成グリアは、軸索上のどこにランヴィエ絞輪を配置するかを制御することで、秒速1mから100mという神経インパルスの伝達速度の違いを制御することができる。(R・ダグラス・フィールズ(19xx-))】

(1)ミエリン形成グリアは、軸索上のどこにランヴィエ絞輪を配置するかを決める。
 (a)化学物質を放出して、絞輪用、あるいは絞輪間部用の軸索膜を形成するよう軸索に指示する。
 (b)グリアがむき出しの軸索を包み込んで、ミエリンを形成し始めるときに、軸索膜のナトリウムチャネルを絞輪部分に物理的に集中させる。
(2)その結果、秒速わずか1メートルという遅い速度から、最速で秒速100メートルという速度の違いを実現している。

 「高速のインターネットとの類推から、軸索はすべて、できるかぎり速く情報を伝えていると考えるかもしれないが、そうではないのだ。私たちの末梢神経系や脳の回路を伝わるインパルスの速度は、軸索ごとに異なる。秒速わずか1メートルという遅い速度(ゆっくりとした歩行のペース)で、インパルスを伝導する軸索がある一方で、最速の軸索は、秒速100メートルでインパルスを伝える。これはどうしてなのか? 自然は、急いで実行しなくてはならないプロセスには、最速の情報伝達手段を使用する。たとえば、運動神経の軸索にインパルスを送って脚を動かして、空中に体を投げ出し、その跳躍の途中で、片方の足で体重を受け止めることを繰り返すとき――つまり走るときには、この最速の手段を使う。だが、すべての軸索が、同じような高速で伝導しないのはなぜだろう? さらに、何が軸索のインパルス伝導の速度を決定しているのだろうか?
 有髄軸索の通信速度を制御しているのは、グリアだ。ある軸索にどれほど多くの絶縁体を作るかを決定することだけでなく、軸索上のどこにランヴィエ絞輪を配置するかを決め、ナトリウムチャネルとカリウムチャネルを集積的に発現させて、絞輪と絞輪間部の領域を形成することによっても、伝導速度は制御されている。グリア細胞が軸索の周囲をより多くのミエリン層で被覆すれば、軸索の絶縁性は高まり、電位の喪失は少なくなるので、信号はより速く伝わる。ランヴィエ絞輪がリピータであるならば、軸索を通してインパルスを最高速度で中継するために最適な絞輪の数と間隔があることは、言うまでもない。グリアは、ランヴィエ絞輪の間隔を制御し、それによってインパルス伝導の速度も制御しているのだ。
 ミエリン形成グリアは、発達期や損傷後の修復において、軸索の建造を采配する現場監督である。絞輪を形成する位置を、グリアが指示する方法は二通りある。第一に、化学物質を放出して、絞輪用、あるいは絞輪間部用の軸索膜を形成するよう軸索に指示する方法、第二に、グリアがむき出しの軸索を包み込んで、ミエリンを形成し始めるときに、軸索膜のナトリウムチャネルを絞輪部分に物理的に集中させるという方法である。ミエリン形成グリアが学習の過程に関与しているとすれば、このグリアによるインパルス伝導の制御を活用しているに違いない。」
(R・ダグラス・フィールズ(19xx-),『もうひとつの脳』,第3部 思考と記憶におけるグリア,第15章 シナプスを超えた思考,講談社(2018),pp.498-499,小松佳代子(訳),小西史朗(監訳))
(索引:ミエリン形成グリア)

もうひとつの脳 ニューロンを支配する陰の主役「グリア細胞」 (ブルーバックス)


(出典:R. Douglas Fields Home Page
R・ダグラス・フィールズ(19xx-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「アストロサイトは、脳の広大な領域を受け持っている。一個のオリゴデンドロサイトは、多数の軸索を被覆している。ミクログリアは、脳内の広い範囲を自由に動き回る。アストロサイトは一個で、10万個ものシナプスを包み込むことができる。」(中略)「グリアが利用する細胞間コミュニケーションの化学的シグナルは、広く拡散し、配線で接続されたニューロン結合を超えて働いている。こうした特徴は、点と点をつなぐニューロンのシナプス結合とは根本的に異なる、もっと大きなスケールで脳内の情報処理を制御する能力を、グリアに授けている。このような高いレベルの監督能力はおそらく、情報処理や認知にとって大きな意義を持っているのだろう。」(中略)「アストロサイトは、ニューロンのすべての活動を傍受する能力を備えている。そこには、イオン流動から、ニューロンの使用するあらゆる神経伝達物質、さらには神経修飾物質(モジュレーター)、ペプチド、ホルモンまで、神経系の機能を調節するさまざまな物質が網羅されている。グリア間の交信には、神経伝達物質だけでなく、ギャップ結合やグリア伝達物質、そして特筆すべきATPなど、いくつもの通信回線が使われている。」(中略)「アストロサイトは神経活動を感知して、ほかのアストロサイトと交信する。その一方で、オリゴデンドロサイトやミクログリア、さらには血管細胞や免疫細胞とも交信している。グリアは包括的なコミュニケーション・ネットワークの役割を担っており、それによって脳内のあらゆる種類(グリア、ホルモン、免疫、欠陥、そしてニューロン)の情報を、文字どおり連係させている。」
(R・ダグラス・フィールズ(19xx-),『もうひとつの脳』,第3部 思考と記憶におけるグリア,第16章 未来へ向けて――新たな脳,講談社(2018),pp.519-520,小松佳代子(訳),小西史朗(監訳))
(索引:)

R・ダグラス・フィールズ(19xx-)
R・ダグラス・フィールズの関連書籍(amazon)
検索(R・ダグラス・フィールズ)

ミエリンは軸索の被覆部分を密封して漏電を防ぎ、神経インパルスは露出したランヴィエ絞輪から絞輪へ跳躍するように伝わっていく。有髄軸索のランヴィエ絞輪は、リピータの役割を担い、神経情報は最高で100倍も速く運ばれる。(R・ダグラス・フィールズ(19xx-))

ミエリンの役割

【ミエリンは軸索の被覆部分を密封して漏電を防ぎ、神経インパルスは露出したランヴィエ絞輪から絞輪へ跳躍するように伝わっていく。有髄軸索のランヴィエ絞輪は、リピータの役割を担い、神経情報は最高で100倍も速く運ばれる。(R・ダグラス・フィールズ(19xx-))】

 「一発の神経インパルスは、ぴんと張った糸を伝わっていく小さな波のように、軸索を伝わっていく急速な電位変化だ。軸索膜に存在するタンパク質の「バルブ」を開閉して、荷電したイオンを通過させている分子レベルの現象が、注意深くタイミングを合わせて連続で生成することによって、神経インパルスは発生する。荷電したイオンが軸索を出入りするときに、電荷の流れを反映して、軸索のその箇所の電位が短時間変化する。正の電荷を持つナトリウムイオンは、軸索膜のナトリウムチャネルと呼ばれるたんぱく質を介して軸索内へ流入する。正の電荷が蓄積するにつれて、軸索膜の電位は正に傾く。するとその直後に、正の電荷を持つカリウムイオンがカリウムチャネルから排出され、過剰な正の電荷が減少して、軸索は元の状態に戻り、また発火できるようになる。膜を介したこの電位変化の波は、軸索の先端に向って移動していく。
 このサイクルは、軸索がインパルスを発火するたびに繰り返される。軸索の一カ所でナトリウムイオンとカリウムイオンが出入りして、神経インパルスを発生される一サイクルに要する時間は、わずか1ミリ秒ほどだ。しかし、その波は軸索を伝って移動しながら次々に発生するので、わずか1ミリ秒とはいえ、遅れは次第に積み重なっていく。これが、軸索を通した情報の伝達速度を制限している。
 ところが、ミエリンとランヴィエ絞輪は、軸索におけるインパルスの伝導方法を抜本的に転換する。ミエリンを持たない無脊椎動物の軸索のように、このサイクルを逐一繰り返しながら軸索の先端まで情報を運ぶのではなく、有髄軸索のランヴィエ絞輪は、リピータ〔訳注:電気通信の中継器〕の役割を担い、長距離にわたる信号の伝送速度を大きく向上させている。有髄軸索では、神経インパルスは露出したランヴィエ絞輪のみで発生し、ミエリンで被覆された部分(絞輪間部)では発生しない。ミエリンは軸索の被覆部分を密封して漏電を防ぎ、電気は絞輪から絞輪へ跳躍するように伝わっていく。それぞれの絞輪は電子機器の中継器のように、シグナルを受け渡す。絞輪による一連の通信中継器を介すると、こうしたリピータがない場合よりも、情報は最高で100倍も速く運ばれる。ミエリンはただの絶縁体ではなく、ランヴィエ絞輪は誤って作られたものではない。どちらも、情報伝達を加速するためのきわめて精巧な電子機器なのだ。踏み石の上を元気よく飛び跳ねて小川を渡るときと、丸太の上を慎重に進む時では速度が異なるように、電気的インパルスは、無髄軸索をのろのろと進んでいくよりもはるかに速く、有髄軸索を絞輪から絞輪へと跳躍していく。」
(R・ダグラス・フィールズ(19xx-),『もうひとつの脳』,第3部 思考と記憶におけるグリア,第15章 シナプスを超えた思考,講談社(2018),pp.496-498,小松佳代子(訳),小西史朗(監訳))
(索引:ミエリン,神経インパルス,ランヴィエ絞輪,有髄軸索)

もうひとつの脳 ニューロンを支配する陰の主役「グリア細胞」 (ブルーバックス)


(出典:R. Douglas Fields Home Page
R・ダグラス・フィールズ(19xx-)の命題集(Collection of propositions of great philosophers)  「アストロサイトは、脳の広大な領域を受け持っている。一個のオリゴデンドロサイトは、多数の軸索を被覆している。ミクログリアは、脳内の広い範囲を自由に動き回る。アストロサイトは一個で、10万個ものシナプスを包み込むことができる。」(中略)「グリアが利用する細胞間コミュニケーションの化学的シグナルは、広く拡散し、配線で接続されたニューロン結合を超えて働いている。こうした特徴は、点と点をつなぐニューロンのシナプス結合とは根本的に異なる、もっと大きなスケールで脳内の情報処理を制御する能力を、グリアに授けている。このような高いレベルの監督能力はおそらく、情報処理や認知にとって大きな意義を持っているのだろう。」(中略)「アストロサイトは、ニューロンのすべての活動を傍受する能力を備えている。そこには、イオン流動から、ニューロンの使用するあらゆる神経伝達物質、さらには神経修飾物質(モジュレーター)、ペプチド、ホルモンまで、神経系の機能を調節するさまざまな物質が網羅されている。グリア間の交信には、神経伝達物質だけでなく、ギャップ結合やグリア伝達物質、そして特筆すべきATPなど、いくつもの通信回線が使われている。」(中略)「アストロサイトは神経活動を感知して、ほかのアストロサイトと交信する。その一方で、オリゴデンドロサイトやミクログリア、さらには血管細胞や免疫細胞とも交信している。グリアは包括的なコミュニケーション・ネットワークの役割を担っており、それによって脳内のあらゆる種類(グリア、ホルモン、免疫、欠陥、そしてニューロン)の情報を、文字どおり連係させている。」
(R・ダグラス・フィールズ(19xx-),『もうひとつの脳』,第3部 思考と記憶におけるグリア,第16章 未来へ向けて――新たな脳,講談社(2018),pp.519-520,小松佳代子(訳),小西史朗(監訳))
(索引:)

R・ダグラス・フィールズ(19xx-)
R・ダグラス・フィールズの関連書籍(amazon)
検索(R・ダグラス・フィールズ)

人気の記事(週間)

人気の記事(月間)

人気の記事(年間)

人気の記事(全期間)

ランキング

ランキング


哲学・思想ランキング



FC2