意識経験と記憶
【意識経験を生み出す0.5秒間の脳の活性化は、海馬が媒介する顕在記憶や、非宣言的記憶や潜在記憶と同じものではない。すなわち、意識経験と記憶とは別の現象である。(ベンジャミン・リベット(1916-2007))】
(1)宣言記憶、顕在記憶
意識的な想起や報告が可能で、側頭葉の海馬組織が生成を媒介している。
(2)非宣言的記憶、潜在記憶
事象についての意識的なアウェアネスがまったくなくても形成され、想起や報告ができない。
(3)両方の海馬構造が損傷した患者の事例
(3.1)今起こったばかりの出来事について、実際想起できるアウェアネスがまったく無い。
(3.2)しかしながら、今現在と、自身について自覚する能力を維持している。起こったばかりのことを覚えられない自分の能力の欠陥についても自覚しており、これが生活の質に深刻な損害を与えている、と苦痛さえ訴える。また、潜在的なスキルの学習能力もある。
(b)疑問:アウェアネスに必要な0.5秒間の活動持続時間というのは、単にある事象の短期記憶を生み出すのにかかる時間を反映しているだけではないか。
(c1)可能な仮説1:記憶痕跡の発生そのものが、アウェアネスの「コード」である。
(c1.1)潜在記憶の生成そのものが、意識経験を生み出しているわけではない。なぜなら、潜在記憶は想起や報告ができないからだ。
これは想起できない
↑
意識的な皮膚感覚 │
↑ │
アウェアネスに必要な0.5秒間の活動持続時間
↑(これが、潜在記憶そのもの?)
│
単発の有効な皮膚への刺激パルス
(c1.2)顕在記憶の生成そのものが、意識経験を生み出しているわけではない。なぜなら、両方の海馬を損傷して顕在記憶を失った患者でも、意識的な経験を確かに持っているからだ。
意識的な皮膚感覚
↑
アウェアネスに必要な0.5秒間の活動持続時間
↑(これが、顕在記憶そのもの?)
│
単発の有効な皮膚への刺激パルス
(c2)可能な仮説2:ある事象のアウェアネスは遅延無しに発生するが、それが報告可能になるには、0.5秒間の長さの活性化が必要である。
「人間の被験者を観察した報告が、アウェアネスを生み出す上での記憶形成の役割について大きな論争を提供します。
人間も、それ以外の動物でも、いわゆる宣言記憶、または顕在記憶の形成の媒介機構として、大脳半球の側頭葉の中にある特定の構造が必要になります。こうした種類の記憶は、意識的な想起や報告が可能です。
これらは、非宣言的記憶や潜在記憶と区別されています。潜在記憶は、事象についての意識的なアウェアネスがまったくなくても形成されますが、想起や報告ができません。
これらは機械的・知的両方のスキルを習得する際に主に機能します。
〔訳注=宣言記憶とは命題の形で書けるような知識の記憶を指す。たとえば歴史上の事実についての記憶がそれである。それ以外の記憶を非宣言的記憶といい、手続き記憶やプライミング、条件づけなどがこれに含まれる。
手続き記憶とは、自転車の乗り方やチェスのプレーの仕方など、またプライミングとは、一度経験すると後の同じ刺激の処理がより効率的になる効果を指す。〕
側頭葉の海馬組織は、顕在記憶の生成を媒介するために必要な神経コンポーネントです。片半球の海馬が損傷しても、損なわれていない反対半球の構造が、記憶プロセスを実行できます。
しかしもし、両方の海馬構造が損傷すると、その人は新しい顕在記憶を形成する能力の深刻な喪失に陥ります。このような人には、今起こったばかりの出来事について、実際想起できるアウェアネスがまったくありません。ある事象が起こった直後でも、その事象の内容をこの人は語ることができないのです。
このような喪失は、両方の側頭葉の病的な損傷が原因です。より厳密に言うと、この左右相称の喪失は海馬内のてんかん病巣を除去する外科手術で、間違って健常な海馬部位まで除去してしまった場合に起こりました。この手術ミスが起こった当時は、どちら側の海馬に欠陥があるかを判断するのは難しいことでした。そのため、患者の良いほうの部分を除去してしまい、もう片方の機能していない病巣構造を残してしまったのです。
この間違いが、顕在記憶の形成における、海馬構造の役割の発見につながりました。
ここで、私たちの現在の目的に見合った、以下のような興味深い観察ができます。
両方の海馬構造を喪失した人は、事実上、今起こったばかりのどのような事象や感覚像についても、まったく想起可能なアウェアネスがありません(一方、損傷を受ける前に形成された長期記憶は、失われることはありません)。
しかしながら、このような人は今現在と、自身について自覚する能力を維持しています。
このタイプの喪失を持つある患者についての映画を観ると、この人は機敏で話好きです。彼は自分の周囲の環境と、自分をインタヴューしている心理学者をはっきり自覚しています。またさらに彼は、起こったばかりのことを覚えられない自分の能力の欠陥についても自覚しており、これが生活の質に深刻な損害を与えている、と苦痛さえ訴えました。
この患者は、実際にはすべての記憶機能を喪失したわけではありませんでした。彼はコンピュータの前に座って、スキルを競うゲームの遊び方を覚えることができました。
しかし、どのようにそのスキルを覚えたのかは、彼には説明ができませんでした。学習したスキルの記憶は明らかに、潜在タイプであり、海馬構造の機能を必要としません。つまり、これは海馬とはまた別の神経経路の働きであるに違いありません。
しかし(当然のことながら)潜在記憶と結びついたアウェアネスはありません。したがって、記憶にはアウェアネスを生み出す役割がある、という主張に潜在記憶を利用することはできないわけです。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第2章 意識を伴う感覚的なアウェアネスに生じる遅延,岩波書店(2005),pp.69-71,下條信輔(訳))
(索引:意識経験,記憶,顕在記憶,潜在記憶)
(出典:
wikipedia)
「こうした結果によって、行為へと至る自発的プロセスにおける、意識を伴った意志と自由意志の役割について、従来とは異なった考え方が導き出されます。私たちが得た結果を他の自発的な行為に適用してよいなら、意識を伴った自由意志は、私たちの自由で自発的な行為を起動してはいないということになります。その代わり、意識を伴う自由意志は行為の成果や行為の実際のパフォーマンスを制御することができます。この意志によって行為を進行させたり、行為が起こらないように拒否することもできます。意志プロセスから実際に運動行為が生じるように発展させることもまた、意識を伴った意志の活発な働きである可能性があります。意識を伴った意志は、自発的なプロセスの進行を活性化し、行為を促します。このような場合においては、意識を伴った意志は受動的な観察者にはとどまらないのです。
私たちは自発的な行為を、無意識の活動が脳によって「かきたてられて」始まるものであるとみなすことができます。すると意識を伴った意志は、これらの先行活動されたもののうち、どれが行為へとつながるものなのか、または、どれが拒否や中止をして運動行動が現れなくするべきものなのかを選びます。」
(ベンジャミン・リベット(1916-2007),『マインド・タイム』,第4章 行為を促す意図,岩波書店(2005),pp.162-163,下條信輔(訳))
(索引:)
ベンジャミン・リベット(1916-2007)
「時間 意識」の関連書籍(amazon)
検索(Benjamin Libet)
検索(ベンジャミン・リベット)
脳科学ランキング
ブログサークル