新たな社会契約(ジョセフ・E・スティグリッツ(1943-)
「新たな社会契約
①労働者と市民の集団行動の支援。
ゲームのルールは各参加者の交渉力に影響を与える。アメリカがつくり出したルールは、資本家に対する労働者の交渉力を弱め、結果として彼らを苦しめてきた。雇用の不足とグローバル化の非対称性は、求職競争を引き起こし、労働者に敗北を、資本家に勝利をもたらしてきた。それが偶然の進化の産物であれ、意図的な戦略の産物であれ、いまは事態を認識し、流れを逆転させるべきときなのだ。
万人に尽くす社会や政府――正義と公正と機会均等の原則に一致する社会や政府――は、ひとりでに維持されるものではない。誰かが目を光らせていなければ、アメリカの政府と諸制度は、さまざまな利益集団によって掌握されてしまうだろう。最低でも拮抗する勢力の存在は不可欠だが、残念ながらアメリカの社会と政治は、バランスを欠いたまま発展を続けてきた。人間がつくったすべての制度は必ずあやまちを犯し、それぞれが独自の弱点をかかえている。きわめて多数の大企業が労働者を搾取したり、環境に損害を与えたり、反競争的行為に手を染めたりしていても、大企業を根絶やしにしろと主張する者はいない。代わりにわたしたちは、危険を認識し、規制を課し、企業の行動を変えさせようとする。なぜなら、100パーセントの成功はありえないとしても、改革が企業のふるまいを向上させうると知っているからだ。
それと好対照をなすのが、アメリカ人の労働組合に対する態度である。労組は罵詈雑言を浴びせられ、多くの州では、労組の力を弱める露骨な試みがなされている。労働者が変化を受け入れ、新たな経済環境に順応するには、基本的な社会保護の制度が必要となるが、そのような制度を守り抜き、利益集団の跳梁を抑え込みたいとき、労働組合がどれほど重要な役目を果たしうるかという点を認識している者は、皆無と言っていい。
②差別の遺産を払拭するための積極的差別是正措置。
最も腹立たしい、そして最も根絶しにくい不平等の源のひとつは差別であり、ここには現在も継続中の差別と、過去の差別の遺産がふくまれる。国によって差別の形は異なるが、人種差別と性差別はほぼすべての国に存在する。市場に力に任せておいたら、差別の根絶は望むべくもない。前に述べたとおり、市場の力と社会の力が合わさったとき、差別は持続の可能性を手に入れるのだ。そのような差別によって、わたしたちの根源的な価値観やアイデンティティや国民性はむしばまれている。必要不可欠なのは差別を禁止する強力な法律だが、現時点で差別の撲滅に成功したとしても、過去の差別の影響は残りつづけるだろう。幸い、わたしたちはアファーマティブ・アクション制度を通じた事態改善の方法を学びとってきた。定員割当制度ほどは厳格ではないものの、アファーマティブ・アクションを善意で実践していけば、基本的な原理原則と調和する方向に、アメリカ社会の進化をうながすことができる。機会均等の鍵は教育にあるため、教育分野におけるアファーマティブ・アクションは、より大きな重要性を秘めていると言っていいだろう。」
(ジョセフ・E・スティグリッツ(1943-),『不平等の代価』(日本語書籍名『世界の99%を貧困にする経済』),第10章 ゆがみのない世界への指針,pp.403-405,徳間書店(2012),楡井浩一,峯村利哉(訳))
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