科学技術が巨大化がもたらす4つの問題
【科学技術が巨大化することにより抱える4つの問題:(1)実証性の虚構化(2)研究費への依存性増大による特定領域への偏向(3)研究の細分化と効率性追求による総合的視点の喪失(4)影響の巨大化と研究の私的性格との間の矛盾(高木仁三郎(1938-2000))】
(1)実証性の虚構化
(a)人間的な感覚や思想からの乖離
科学が、人間的な感覚や思想を通した実証的な営為であることを離れ、従来の実験室的な実証性にもはや依拠しえなくなる。
(b)コンピュータに依存し過ぎた虚構化
コンピュータに依存し過ぎた虚構的・観念的な存在になりつつある。
(2)研究費への依存性増大による特定領域への偏向
(a)政府や官僚、政治家、大資本の影響
研究が、研究費に大きく依存することになる結果、研究の方向づけが、研究費の分配に直接権限を持っている政府や官僚、政治家、大資本の利害に沿ったものになりやすい。
(b)研究者の保守保身主義
研究者も保守保身主義に陥りやすくなる。
(3)研究の細分化と効率性追求による総合的視点の喪失
(a)研究の細分化
科学の巨大さの度合いに応じて、個人の担う役割がますます細分化されていく。
(b)総合的視点の喪失
その結果、研究の全体性やその意味を、十分見通すことができなくなる。
(c)科学の歴史、意味、目的を考える教育の軽視
科学教育も、科学の歴史やその意味を総合的にとらえるといった教育は非効率的なものとされ、個別的な手法や技術をマスターさせることに教育の力点が置かれる。
(4)影響の巨大化と研究の私的性格との間の矛盾
(a)研究結果の影響の巨大化
科学上の発明・発見の影響が、人類全体の歩みを変えかねないほどの影響を持つようなことがある。
(b)研究の私的性格
それにもかかわらず、その研究が生みだされる実験室・研究室は、相変わらず科学者の私的な砦であるという基本的な性格を変えていない。そこから深刻な問題が生まれてくるように思われる。
「巨大科学の問題点を考える場合には、大きく分けて四つぐらいの側面からアプローチする必要があると思われます。
その第一は、その扱うべき対象が巨大になり、旧来の実験室的な実証性にもはや依拠しえなくなった故の問題です。これは、科学が人間的な感覚や思想を通した実証的な営為であることを離れた虚構的・観念的な存在になりつつあるという問題としてすでに述べました。大型電算機の導入は、計算能力だけを不調和に増大するという効果により、非実証的な巨大化の傾向を加速しました。
第二の側面は、科学研究が巨費を要するようになったため、研究費を確保できるか否かが科学者の死命を制するようになり、そのことによって研究の方向づけが決まってしまうということです。
研究が研究費によって支えられるという風潮下にあっては、研究を支えてくれるのは、研究費の分配に直接権限を持っている政府や官僚、政治家、大資本であり、その利害に忠実になるのが一番賢明だという考え方生き方が、知らず知らずのうちに身に付いてきます。
そこで研究者としての立場の利害を守ろうとすれば、どうしても既存の体制に忠実になるという保守保身主義に陥りやすくなります。」(中略)
「たとえば、原子核の研究を行おうとする場合、粒子を高エネルギーに加速し、原子核にぶつけ、原子核を壊して、その内部構造を調べるといった手法が必要となります。それも、時代とともに、ますます大きな重い粒子を高いエネルギーに加速し、高性能の測定装置で測るのでなければ、話しにならなくなります。
こうして、直径何十メートル、何百メートルさらに、何キロという加速器が必要となり、それに見合った測定系も必要となってきます。
このような実験をなし遂げるには、大きな研究チームが必要です。加速器の運転や保守をする人、測定系の整備・改良を行う人、化学分離や試料の調整をする人、コンピュータの保守にあたる人、といった技術的な側面で研究を支えている人々のうえに、実際の実験や解析を計画し、遂行する「頭脳」の役割をする研究者が数人必要となり、そのうえに一切を統括する責任者がいる、というのが一般的な構造です。」(中略)
「このような状況から、巨大科学の第三の側面が浮かび上がってきます。それは、巨大さの度合いに応じて、個人の担う役割が細分化され、機械のひとコマとなった個人は、その研究の全体性やその意味について、十分見通すことができなくなるということです。」(中略)
「このような細分化は、すでに科学教育にも大きな影を落としています。「一人前の」研究者・技術者に、若者たちを仕立て上がるためには、科学の歴史やその意味を総合的にとらえるといった教育は非効率的なものとされ、なるべく早いうちから個別的な手法や技術をマスターさせることに教育の力点が置かれます。
マスターすべき細目が増えれば増えるだけ、その負担のため広い視野に立って物を考えるような基礎を養うヒマもなくなるのです。」(中略)
「さて、私が特に強調したい第四の側面は、科学研究の産物が、ひとりひとりの人間にとって巨大なものとなり過ぎた、という点です。
必ずしも巨費を投じたものでなくとも、たとえば遺伝子工学にみられるように、そこから生まれる発明・発見の影響は、人類全体の歩みを変えかねないほどの影響を持つ事柄があまりにも多くなりました。
科学的知識の増大・強化は、一科学者の研究「成果」が、そのまま人類の存続に影響を及ぼすようなレベルにまで及んでいますが、その研究が生みだされる実験室・研究室は、相変わらず一科学者(複数であってももちろんかまわない)の私的な砦であるという基本的な性格を変えていません。そこから深刻な問題が生まれてくるように思えます。」
(高木仁三郎(1938-2000)『高木仁三郎著作集 第七巻 市民科学者として生きるⅠ』科学は変わる Ⅲ 原子力の困難(二)、pp.74-77)
(索引:巨大科学技術の問題、実証性の虚構化、特定領域への偏向、総合的視点の喪失)
(出典:
高木仁三郎の部屋)
友へ―――高木仁三郎からの最後のメッセージ
「「死が間近い」と覚悟したときに思ったことのひとつに、なるべく多くのメッセージを多様な形で多様な人々に残しておきたいということがありました。そんな一環として、私はこの間少なからぬ本を書き上げたり、また未完にして終わったりしました。
未完にして終わってはならないもののひとつが、この今書いているメッセージ。仮に「偲ぶ会」を適当な時期にやってほしい、と遺言しました。そうである以上、それに向けた私からの最低限のメッセージも必要でしょう。
まず皆さん、ほんとうに長いことありがとうございました。体制内のごく標準的な一科学者として一生を終わっても何の不思議もない人間を、多くの方たちが暖かい手を差しのべて鍛え直して呉れました。それによってとにかくも「反原発の市民科学者」としての一生を貫徹することができました。
反原発に生きることは、苦しいこともありましたが、
全国、全世界に真摯に生きる人々とともにあることと、歴史の大道に沿って歩んでいることの確信から来る喜びは、小さな困難などをはるかに超えるものとして、いつも私を前に向って進めてくれました。幸いにして私は、ライト・ライブリフッド賞を始め、いくつかの賞に恵まれることになりましたが、繰り返し言って来たように、多くの志を共にする人たちと分かち合うものとしての受賞でした。
残念ながら、原子力最後の日は見ることができず、私の方が先に逝かねばならなくなりましたが、せめて「プルトニウム最後の日」くらいは、目にしたかったです。でもそれはもう時間の問題でしょう。すでにあらゆる事実が、私たちの主張が正しかったことを示しています。なお、
楽観できないのは、この末期的症状の中で、巨大な事故や不正が原子力の世界を襲う危険でしょう。JCO事故からロシア原潜事故までのこの一年間を考えるとき、原子力時代の末期症状による大事故の危険と結局は放射性廃棄物が垂れ流しになっていくのではないかということに対する危惧の念は、今、先に逝ってしまう人間の心を最も悩ますものです。
後に残る人々が、歴史を見通す透徹した知力と、大胆に現実に立ち向かう活発な行動力をもって、一刻も早く原子力の時代にピリオドをつけ、その賢明な終局に英知を結集されることを願ってやみません。私はどこかで、必ず、その皆さまの活動を見守っていることでしょう。
私から一つだけ皆さんにお願いするとしたら、どうか今日を悲しい日にしないでください。
泣き声や泣き顔は、私にはふさわしくありません。
今日は、脱原発、反原発、そしてより平和で持続的な未来に向っての、心新たな誓いの日、スタートの楽しい日にして皆で楽しみましょう。高木仁三郎というバカな奴もいたなと、ちょっぴり思い出してくれながら、核のない社会に向けて、皆が楽しく夢を語る。そんな日にしましょう。
いつまでも皆さんとともに
高木 仁三郎
世紀末にあたり、新しい世紀をのぞみつつ」
(高木仁三郎(1938-2000)『高木仁三郎著作集 第四巻 プルートーンの火』未公刊資料 友へ―――高木仁三郎からの最後のメッセージ、pp.672-674)
高木仁三郎(1938-2000、物理学、核化学)
原子力資料情報室(CNIC)
Citizens' Nuclear Information Center
認定NPO法人 高木仁三郎市民科学基金|THE TAKAGI FUND for CITIZEN SCIENCE
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高木仁三郎 略歴・業績<Who's Who<arsvi.com<立命館大学生存学研究センター
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